タイトル
ここではないどこかへ。あるいは、どこでもなく今ここに。
著者 / 話者

星とGPSについて

緯度経度によって場所を特定するGPSの登場が、人類の空間認識の方法をまったく別のものに変えてしまいました。自然と近しい暮らしをおくる人々は、自分のいる位置を二次元の地図上で理解するようなことをしません。地図はあくまで目安であって、視覚や聴覚を最大限に使って立体的に世界をとらえていきます。
例えば北極圏にはエスキモーやイヌイットがいます。彼らは昔から極北の大地で暮らしていて、厳しい自然とともに日常を生きている。装備や機械に頼らず、五感を総動員し、フィールドにおける高い技術や知恵を持っています。一方方向から吹き付ける風によって地面に刻まれた雪紋を見て方角を認識したり、小動物の足跡を細かく見分けます。
 ミクロネシアの島々に暮らす人々も同様です。海図やコンパスを使わず、星の位置を頼りにカヌーで海を渡る航海術は、奇跡的な知恵と言ってもいいでしょう。ぼくは、そうした海洋民の知恵に学びたいと思って、島の古老に弟子入りしました。星の航海術を生み出したのは、島から島へと渡っていった海洋民たちです。彼らは自然に対抗し克服するのではなく、受け入れ包み込んでいく。そうした生き方を実践するなかで、生きるための知恵を次々と生み出していきました。
 日本列島に暮らす人々も、自然とうまく折り合いをつけながら生きてきました。今回の震災によって、自然とどのように向き合うべきか、多くの人が考えを新たにしたと思います。自然の恵みも脅威も、生活にやわらかく取り込んでいくような、昔の人たちに習ったそんな生き方が、今後は必要になるのかもしれません。

世界が見る僕、そして僕が見る世界

これまで世界中を旅しながら写真を撮っていて、何かに出会って驚いたり、身体が反応したときに、ぼくはシャッターを切ってきました。それは、もちろんぼくが世界を見ているわけですが、同時に世界に見られてもいるわけです。
どんなに歳をとって、さまざまな知識を得ても、目の前のあらゆることを知っているつもりになって、考えることをやめてしまいたくないと思っています。
例えば、ある場所から弓矢が飛んでくるとします。それを「弓矢」だとわかってから撮影しても、弓矢の写真にしかならない。でも、ぼくは弓矢を弓矢と認識する前、何だかわからないけど何かが飛んできたぞ、という時点で写真を撮りたいんです。写真は物事を説明するためにあるのではなく、言葉以前の世界の端的な模写として存在します。つまり、「何だろう」と考えているときに撮ることによって、自意識で切り取られて矮小化された世界ではなく、もっと大きな世界が写真に表れるんじゃないか、と。僕たちはこの世界に生きていて、あらゆる物事は言葉で表現できるがゆえに、それらを知っているつもりになっています。イメージが言葉によって固定化されることで、考えることを忘れ、いろんなことに反応できなくなってしまうのではないか、と僕は思っているんです。

知識と装備

本当の旅とは生身に近い状態でただただ歩き続けることである、と僕は思っています。装備や知識を身にまとった状態で極地に行くのではなく、自分の身体一つで世界と向き合っていくのが自分にとっての旅なんです。
だから、むしろあらゆるものを捨てていきたい。装備をはぎ取って、ぎりぎりまで生身で対峙するような感覚です。なるべくシンプルに、素手で、裸に近い状態で考えるということですね。

移動と時間

登山というものは社会的には何の役にも立たない行為ですが、山に登りたい、この巨大な山に一筋の美しいラインを描くように頂に向かいたい、という気持ちを自分は抑えることができません。役に立つかどうか、それは判断基準になりません。それがなくても生きてはいける。でも命を賭けるに値する、実はそういうことが人生においてすごく大切だと思うんです。登山にしろ川下りにしろ、それは極端で、過剰で、一見無駄にも思えるんですが、ぼくはそういうことを切り捨てずに、これからもどんどんやっていきたいと思っています。

google earthのたどりつけない風景

新しい世界に出会いたい。驚き続けたいという時に一番大切なのは、やっぱり自分の足で歩くことだと思っています。そうじゃないと見つけられない特別な磁場のようなものをきちんと自分のカラダで触れていかねばならない。Google Earthではたどり着けない風景が、やっぱり地球にはたくさん存在しています。
例えば「エベレスト」と言うと、世界の最高峰で、そこに登る遠征は大冒険である、というイメージがあるとします。でも、実際にそこに住んでいるシェルパ族にとっては、全く認識が違い、彼らは8848メートルの頂上を自分の仕事のフィールドとして認識しているわけです。その圏域の広さは、僕たちが考えている範囲をはるかに凌駕している。北極点や南極点も含めて「極地」というものの認識が徐々に変化しつつあるのを感じます。そのことは、いくらGoogle Earthを見ていてもわかりません。人間の内奥にある身体感覚で測った距離や高さは、実際のそれとはだいぶ異なっているものです。

足取りトレース

目的地のイメージはあります。でも、そこに向かって行くプロセスの中にいろいろな変化や変容があるのが、ぼくにとって、旅の面白さなんです。そうした驚きが、“考える”ということにつながる。結果的に脇道にそれて、目的地とは違う場所にたどり着いたとしても、それが自分にとっての旅なんだと思っています。

恐怖

恐怖があっても、旅に出るのはなぜか。その答えは単純で「新しい世界に出会いたいから」ということになります。僕は、生きている限り、驚き続けたいんです。見慣れた場所、もちろん東京にもたくさんの新しい発見はありますが、驚きの鮮度や、そのときの心の揺さぶれ方というのは、旅の最中の方が大きい。そこには見知らぬ場所へ向かう恐怖がありますが、その先に新しい世界が待っているのがわかっているので、前に進めるんです。

「見る」と「居る」

写真を撮るときに、ぼくは自分自身を消し去りたいといつも思っています。しかし、「写真を撮る」「シャッターを切る」という行為自体がすでに自分の意識的な行為なので、それは不可能ですね。だから、何も考えずにただ撮り続けるしかないんです。
現代では色々な物事を、メディアを通した2次情報で見聞きする機会がものすごく多い。すると、つい「見たつもり」「行ったつもり」になってしまいます。テクノロジーを使えばどこにも行かずに、色々なことを擬似体験できてしまうんだ、という類の言説はこれまでにもずっと存在してきましたけれど、やはり世界は全く別の次元で存在している。写真で見たイメージや、活字で得た情報は、幻想であり、ありのままの世界ではありません。ケニアでも、バリでも、その地名を聞くだけでパッと頭に思い浮かぶイメージが誰でもあるでしょうけども、それは過去に見たことのあるすごく印象的な1枚の写真であったり、そういったものから発生する「作られたイメージ」であって、本当の世界はそんなところにはありません。僕には、その姿を自分の目で確かめ、実際どうなっていて、自分はどうやって感じるのかを自ら体を通して知っていきたい、という思いがあるんです。
 僕たちが普段見慣れた「世界」の姿というのは、あるひとつのレイヤーの中で見た世界であって、その姿が、また別の見方をすると全く違って見えたりすることがある。そういった「新しい世界地図」みたいなものを、写真や文章で伝えていけたらいいなと思っています。

生と死

2001年と2011年に二度登ったエベレストは、世界で一番高い場所であると同時に、人間が地球上で快適に生活できる空間から最も離れた場所でもあるんです。人智を超えた世界ですから、一瞬一瞬、「生きよう」と思わないと生きられない。漫然と時間が過ぎていくようなところじゃないわけです。都市で生きていれば、水を飲む事や物を食べる事に対して深く考える必要は無いですが、エベレストではそうではない。明日、歩くために、あるいは1メートルでも上に登るために、食事を摂る。高所に順応するために呼吸の仕方さえも変えていく。ひとつひとつの身振りを、意識的に行わなければ生きていけない場所というのはそうそうありません。東京にいたら3,4時間なんてぼんやりしていたらすぎてしまう。でもヒマラヤはそうじゃない、やはり特別な場所なんです。だから、一年に一度くらいはそういう場所に自分の身をさらしたいですね。

都市と野生

自然とともに暮らしている人々が持っている感覚や知恵を身につけ、学んでいきたいという気持ちは強いですね。その象徴的なものが、ぼくにとっては星の航海術でした。だからこそ、星の航海術を復活させようとした古代式カヌー「ホクレア号」の航海プロジェクトにも興味をもったし、ミクロネシアの人々と星を頼りに海を渡る旅に出たわけです。
 人間は動物としての野性をうちに秘めている。だから、五感を総動員して自然とともに生きていくことは決して不可能じゃありません。都市に生きていると感覚が鈍磨していきますが、北極のイヌイットや太平洋島嶼部に生きる海洋民は、感覚を研ぎ澄まして全身を使って生きています。自然の恵みも脅威も、生活にやわらかく取り込んでいくような、昔の人たちに倣ったそういう生き方が、都市においても今後は必要になるかもしれません。

憧れる

子供の頃から、本を読むのが好きでした。例えば、『ロビンソン・クルーソー』や『十五少年漂流記』などをむさぼるように読みました。本を読んでは、その世界を自分の目で見たい、自分の耳で聞きたい、自分のカラダで感じたいという思いが湧き上がり、ぼくを旅に向かわせることになったんです。
高校生の時に夏休みを利用してインドとネパールに行ったのが最初の旅でした。昼ごはんを抜いて、放課後には引っ越し手伝いのバイトなどをしてお金をためました。当時はバックパックを背負った旅のブームが再来し、本屋には旅行記がたくさん置いてありました。そういうのを片っ端から読みましたね。また、高校の世界史の先生がインド好きで、インドのことを色々教えてくれたというのも大きかったです。実際に行ってみると、インドは本当に混沌とした場所だった。自分が当たり前だと思っていることが覆され、常識だと思ってきたことが、実は世界にたくさんある価値観の一つでしかない、ということに気づかされていくわけです。そして、もっと多くの土地で、多くのことを知りたくなった。今の自分はあのときの旅がなければなかったと思います。

皮膚感覚

写真が面白いのは、撮影した現場では自分が見えていなかったものや、色々な偶然が写り込んでくることです。空に鳥が飛んでいたり、人が走っていたり。曇っていたり、晴れていたり、自分がコントロールできない部分がたくさんある。その場その場で撮影した写真を見直していくことで、新しい発見がたくさんあって、自分の旅が、どんどん膨らみを持って広がっていくような感覚があるんです。時間も空間も超えて、あるひとつの旅がどんどん変化していく、そのためのひとつの鍵がぼくにとって写真であるということです。自分の身体で、あるいは皮膚感覚でとらえた旅の記憶が、写真によって変化していくんですね。
 海外で撮影し、日本に帰って現像して、どの写真を焼くか選んだり、あるいは写真集を編むために構成を考えたり、展示をするにあたって改めて写真を選ぶという作業をしていく中で、自分が知らなかったもの、忘れていたものがどんどん立ち上がってくる。そして「こういう旅だった」と自分の中で反芻していたものが組み替えられ、新しい旅に変わっていく。それを与えてくれるものが写真だったので、僕は写真に出会えてすごくよかったなと思うわけです。
 それは先程の「新しい世界地図を作る」という話と同じで、世界は流動し続けているにも関わらず、自分の記憶の中で何かが固定されてしまうと、驚きがなくなってしまう。身の回りのことを全て知ったつもりになってしまうとつまらなくなるし、時間は本当に矢のように過ぎてゆく。やはり驚き続けないと写真は撮れません。どんどん世界のあり方を組みかえていって、新しいものと出会いたいんです。
 例えば自分が赤ちゃんの頃と比べると、世界に対して驚きがどんどん少なくなっていっているでしょう。だって、今この僕の目の前にある紙も机もコップも、僕は全部それが何かを知っているけれど、生まれたばかりの頃は何も知らなかったわけで。それらを触ったり、匂いを感じたりしながら知覚していったのに、今はそうした知覚が全然なくなってしまって、あらゆることを知っているつもりになっているんですね。加齢とともにどんどん知っているつもりのことが増えていって、世界に対する驚きをなくしていくと、時間がただ過ぎ去っていくのを待つだけになってしまう。そうすると、あっという間におじいさんになって人生が終わってしまう。やっぱり驚き続けたいですね。