タイトル
解像度へ 反重力へ
著者 / 話者

原点は「科学」と「表現」

近年の私の絵のテーマは、反重力技術が実用化されてしばらく経った後の世界と言えるかと思います。このテーマは、大きくわけると自分の中の二つの想いが融合して出てきました。一つは科学的な由来の「重力の開放」という想い。もう一つが「理想の表現」という想いです。
重力を解放させたいと思うようになったきっかけは、小学校のときに見た「矢追純一スペシャル」の反重力実験の映像でした。テスラコイルなどの高電圧器械を収集しているジョン・ハチソンという人が、実験中に物が浮いたという報告をして、そのビデオを公開したんです。「ハチソン効果」と呼ばれているのですが、その映像をテレビで見て「これはすごい!」と。以降、中学高校時代は、自分でも高電圧器械を製作して本当に物が浮くのか実験していました。結局、物は浮かなかったんですが、ハチソン効果を擁護している人が皆物理の専門知識を持っていない人ばかりだったのが気になって、自分は物理の知識を得てからもう一度実験しようと思ったんです。それで大学・大学院と物理を専攻しました。大学院で所属した研究室では、実験装置の設計や製作だけでなく、その装置を制御するプログラムまで一から自分で開発しなければいけなかったし、実験テーマも地球上に存在しないような極限環境を作るダイナミックなものだったので、色々な装置を作ってきた自分には合っていました。ですが、自分の原点となる反重力への想いや、仮に反重力技術が実用化された後の応用技術とか、家や店、学校の間取りの変化いった細かい所までも考えたいという想いと大学での研究とは、やっぱり少し違っていたんです。

もう一つの「理想の表現」という衝動ですが、そもそも小学校の頃からずっと絵や作品作りは行っていました。転機となったのが、中高一貫の男子校に進んだ時に少女マンガと出会ったことです。当時、私は男子校とは究極的に正反対である少女マンガの繊細なオーラに惹かれ、家族にも友人にも秘密で本を集めていました。そして、中学高校の青春の中で少女マンガを原型にした内なる女性像が築き上げられました。当時に描いていた絵もその少女マンガの感性を映し出した理想であり、一見似ていますがいわあゆる「萌え系」ともまた違うものでした。
このように絵についてはずっと一人でやってきたので、家族が絵のことを知ったのも、数年前にアーティストとしてデビューした頃なんです。だから、絵については特別な教育も受けたことはないし、美大出身の友人なんてのも一人もいないんです。

大学院までは、物理と絵の両方を並行して、別々にやっていました。ですが、大学院で本格的に研究をするようになったら、昼は実験室で研究して、夜は絵を描いてと、寝る暇がほとんどなくなってしまった。通学に使っていた自動車の後部座席に布団を敷いておいて、少しでも時間が見つけては寝るなんて生活を送っていたんですが、あまりにもハードで体力的な限界が来てしまい、ふと気がついたら絵だけをやっていたんです。今振り返ると、研究活動で非常に恵まれており給料も得ていたにも関わらず、どちらを選ぶか悩んだ記憶が全くない。どうしてあんなにすっと決められたのか、今でも不思議なんです。冒頭にお話した、「重力の解放」という反重力の想いと、「理想の表現」という想いの二つが融合して、今の絵柄になったのはこの頃ですね。

John Hathwayの想像する未来とは

先程お話したように、反重力技術というSF的な想像がひとつ入った未来を描いているんですが、絵としてはあまり「未来」っぽくしたくないと思っています。そもそも、子どもの頃から、子ども向けの本に描かれていたような未来予想図には違和感を感じていたんです。流線形の車とか、透明なチューブとか、理にかなったロボットとか、そういうデザインには魅力を感じなかったし、こういう未来にはならないんじゃないかと思っていた。実際、今でも流線形の車はないし、街のデザインだって概ね昭和の延長線上ですよね。例えば、街にある個人商店の看板なんて、デザイナーではない店のオーナーが決める場合がほとんどだから、いきなり格好良いものになるというのは、少なくとも日本ではリアルでないんじゃないか、と考えています。
かといって、「レトロ」にもしたくないんですね。少しずつではあれここまで進んできたのだから、今更戻るわけがない。結局、この平成の流れのまま少しずつセンスが変わっていく、そういう想定の下で絵作りをしています。例えば、ここに描いているキオスクで売られているタブロイド紙の見出しが「○○金融倒産!か?」ってなっているのもそういうことなんです(笑)。

画面内にできるだけ多くの情報を

重力技術が実用化された未来をロジカルに予測しながら絵作りをしているんですが、もちろんそれだけではなく、絵の中には別のロジックが競合して入ってきます。代表的なのは、「情報をたくさん一つの画面に詰め込みたい」っていう想い。それを実現する為に、絵を描く際には色々な方法を試行錯誤しています。例えば、僕の絵ではパースで画面を歪ませているものが多い。それが面白いからというのもあるんですが、そうすることで普通のパースでは見えないもの、後ろにあるものまで一枚の絵の中に入れられるんです。二次元の画面の中に、人間では見ることのできない方向や空間の情報まで閉じ込める為の手法として使っているんです。だから、その空間の歪みは毎回同じではなく、作品によって最適な歪ませ方を空間が矛盾しない範囲で行っています。
街の看板や、お店で売られているものについても、作品世界の理屈に適ったものを一つ一つ考えています。看板が作品内世界で意味のあるものになっていれば、画面内の情報密度が上がって、世界観に厚みが出ると思っているんで。この「無機弁当」の看板を例にすると、ここに描いてあるグレイ型宇宙人――僕個人はこういうのあまり信じてないんですが――がもし実在して肌がこんなに光沢があるとしたら、何か金属を摂取してるに違いないと。だったら、そういう宇宙人向けには有機弁当ならぬ無機弁当があるんじゃないか、そう考えて作ったものです。トイレにも男性向けと女性向け以外にあるはずと思って宇宙人のピクトグラムを作ってトイレの入り口に描いたり。こういう看板や売り物って、アイディアを出して実際に描き終えるのに何時間も掛かる上に、実際の作品になった時には小さすぎて解読できるかすら怪しいんですが、それが私の作品なのです。
それ以外にも、遠い人ほど頭身を小さく描くこともあります。「人」に関する情報は頭部が多いですよね。ところが、通常は画面の奥にいる人は遠近法で頭が小さくて人物の情報が失われてしまいます。そこで、奥に行くほど頭の大きさの比率を大きくすることで人物の情報をより多く組み込むようにしています。とは言っても、あまり頭を大きくしすぎると今度はパースなどの他の要素がおかしくなるので、その度合いも全要素を考慮しながら決定します。

という風に、少女マンガ由来の女性像と、反重力の浮遊世界、その経済や文化、その他の既存の物理法則、画面内に可能な限り情報を詰め込む表現の圧縮など絵の中で実現するべきことは色々あります。それらはすっきり並立させられるものではないので、手法を考えて実際に描いてみて、パラメータを一つ変えてまた試し描きして、またひとつ変えて試し描きして……と、落とし所を探るのが制作プロセスそのものになっています。これはそれぞれのロジックが崩壊しないような連立方程式の解を見つける作業のようなものです。それは複数の競合する物理法則の中で成り立つこの世界の形成と同じ原理といえます。描き始める段階でゴールが見えている、という経験は今まで一度もないです。
その落とし所を探る履歴がPhotoshopのレイヤーとして残してあります。僕は油絵で塗り重ねていくのと同じ感覚でレイヤーを使っていて、最終的にレイヤー数が1000枚とか、多い時では4000枚になるんです。それでも途中でマシンスペックの限界で仕方なく統合したり削除しているんですが。レイヤーってそういう使い方をするものではないし、非効率的なやり方ですが、これはコンピューターだからこそ可能となった新しいプロセスと探求の形であり、故にその結果の作品も新しい表現体になると思っています。
あと、作品の出力も全て自分でやっているんですよ。印刷機自体は知り合いに貸してもらっていますが、カンバスを買う所から印刷機の設定、最終的な保護コーティングまで、印刷機の前に寝泊まりしながらすべてやっていますし、印刷した後にギリギリまで粘って筆で描き足すこともよくあります。それでも、自分では完成したとは決められなくて、締め切りが来た段階で一旦発表して、その後に描き足すなんてこともあります。
コンピューターも利用した手法だからこそ、その外側においても可能な限り最終の段階まで自分自身で行うことで自分の作品になると考えています。

空想のアイテムを、現実の「プロダクト」に

実際、今は絵を評価していただいてるんですが、絵という形式にも作品の発表の場にもこだわりはありません。先程お話したレイヤーを一枚一枚下から撮影して制作プロセスを追う動画や、放送大学風にツインテール物理学を講義する『量子ツインテール力学』といった動画作品を作ったこともあったし、架空のオタク日本画家の没後100年回顧展の目録を作ったこともあります。作品発表の場についても、どの作品を発表するのにも適した最高の場というのはそうないので、作品に合わせて国内外のアートフェアに出したり、ニコニコ動画で公開したり、同人誌即売会で頒布したりしています。
絵以外の表現に話を戻すと、僕は絵や動画だけじゃなく、自分が考えた空想世界とこの現実世界の中間にあるようなものも作りたいんです。その理念の元に立ち上げたのが、「JH Electronics」です。第一弾がこのヘッドフォンで、作品内に何度か描いていたものをそのまま製品にしたものです。元ネタは米軍のモントーク空軍基地という所でレーダーの実験をしていたら、ある変調周波数の電波を人の脳に当てることで感情を転送できた、そして米軍はその技術を軍事転用しようとしているという噂です。それを知った時、音楽と同じだと思ったんです。音楽は様々な感情を音を媒介に伝えていますが、それの電波バージョンだと。ということは、この技術が実在したら感情をダイレクトに味わえるコンテンツが生まれるんじゃないかと考えて、その再生機械としてこのヘッドフォンを絵の中に描いていました。設定としては、作品世界にのみ存在する「魔法真空管」を使えば感情が直接味わえるコンテンツを楽しめるし、真空管をこの世界にある「原始的なもの」に差し替えれば普通に音楽コンテンツを楽しめるもの。そして、そのヘッドフォンを「そのまま」形にしたのが、これなんです。つまり、もちろん普通のヘッドフォンとして音楽を聴くのにも使えるし、万が一「魔法真空管」が手に入れば感情を直接楽しむのにも使える。
もちろん、こういうSFっぽいアイテムはありますよね。『STAR WARS』に出てくるライトセーバーとか。でも、ああいうのはレプリカでしかない。僕はレプリカじゃなくて「本物」をつくりたいんです。その為には作品を読んだ業者が作るのに任せちゃダメで、作者自身が加工や回路設計といった全ての生産工程に携わらないといけない。そうしてはじめて、ちゃんとした空想と現実の中間物になると思っています。その意味では、音響設計も自分でやりたかったのですが、今回は実際に音響製品の開発をしている方とコラボレーションしました。それはなぜかというと、「コンセプトモデルで終わったらいけない」と思っているからです。よく自動車メーカーとかがコンセプトモデルを出しますよね。そういうのを見て「あれが欲しい」と思っても、実際に売られない。世の中に出回らない。それでは意味がないんです。このプロジェクトの製品は市場で売られる「実用品」にならなくちゃいけない。実用品として社会に出回って、これを実際に買って街中で使ってくれる人が現れてはじめて、自分の想像したものが現実になったと言えると思っているんで。その為には、製品として出回る機能を出す為に、今回はコラボレーションをお願いしました。

今までにないものを作るために

こうした現実と空想の中間物の構想は、ヘッドフォン以外にもたくさんあります。具体的なアイディアは秘密なんですが、構想実現の為に、まったく知らなかった弱電や機械工学を三年くらい掛けて勉強したり、モーターの会社や開発者からお話を伺ったりしながら自分の欲しい特性を持ったモーターの設計をしたり、中国に部品や基板を発注したり、モーターを制御するプログラムやインタフェースを開発したり、プロトタイプを作ったりと色々なことに取り組んでいます。

繰り返しになってしまうんですが、やっぱり、絵だけで終わらせたくないんです。僕の中では、今までにない物を作るための活動という意味では、絵を描くことも、プロダクト製作も、物理や工学の勉強や実験も同列。あらゆる方法を使って、自分の中にある理想を追求して、色々な手段で現実の世界につなぐのが僕ならではの表現手法だと今のところは思っているので、社会のシステムを巻き込むような活動をもっとやっていきたいと思っています。
そして、実はすべての私の「理想の表現」の根源も「科学」でえあり、それが私個人のユニット名でもある「JH科学」と考えています。