タイトル
昆虫サイボーグ、曼荼羅的世界
著者 / 話者
神崎亮平

高度に統制された集団を形成し、もぞもぞとうごめく。
暗やみで我先にと樹液を啜り、猛毒で邪魔者をしとめる。
匂い。音。光。あらゆる手段を駆使して、異性を魅了する。

虫。

ある人は憎悪し、ある人は魅了される。
相反する強烈な感覚を想起させる生命体。
ヒトから最も遠いように思えて、その起源を共にする存在。

カイコガの脳と機械を融合し、昆虫サイボーグを生み出した
ブレインマシンインターフェースの第一人者
東京大学先端研 神崎教授が虫と機械の先に見た
曼荼羅的世界観とは。
ヒトの進化。虫の進化。

ヒトと虫って、全然違うようにみえるじゃないですか。でも、当たり前のことなんだけど、ヒトも虫もどちらも脳で動くんです。
動物の進化の道筋を振り返ると、ヒトも虫も元々は同一の単細胞生物が起源。一方は節足動物の昆虫へ、一方は脊椎動物のヒトへと進化していくんですが、それぞれに枝分かれする前に既に神経系は存在しているんです。大元の素子、ニューロン、神経の回路も既にこの時点でみられます。また、両者の神経系には共通の遺伝子が使用されています。
そしてヒトは多数のニューロンで作られた脳を、昆虫は極めて少ないニューロンからなる脳を進化させていきます。ヒトの脳が1000億個あるのに対して、虫は大体10万個。実にヒトの100万分の1の数なんです。言うなれば、一方は大きくなって、一方は小さくなる。それだけの違いなんです。環境によって進化があるわけですからね。その結果として種の形というのがある。環境の変化に適応するために進化した結果が、この極端な2つの形なんです。

昆虫はまさにエコ

昆虫って外骨格ですよね。ヒトみたいな内骨格構造は一切持たず薄いクチクラでできてる。あれでは体を大きくできないんですよ。サイズが小さいから可能なんです。構造を保たせるために外骨格を厚くするとその分重くなるんで、例えばモスラぐらいの大きさの昆虫を想定しても実際はすぐつぶれます。だから僕らヒトは内骨格、構造内部に堅いものを入れてそれで支持するという方式をとらざるを得ない。構造は完全にサイズに依存してきます。
あと、特徴的なのが複眼。なぜヒトのような一枚レンズの目にしないのかというのも、サイズの理由があるからです。昆虫の複眼、大きさはせいぜい5ミリくらいなものです。もし昆虫の頭に5ミリの一枚レンズを付けたとすると、焦点を結ぶところは脳から出てしまう(笑)。その点、複眼だと、それぞれの眼(個眼)のレンズの直径が20~30ミクロンなんです。焦点距離もそれぐらいだから、非常に薄いレンズ系ができます。ただ、空間分解度が悪くなっちゃうんですよ。個眼が画素にあたるので、1万画素くらいの解像度になってしまします。そのかわり、時間分解度がめちゃくちゃいい。ミツバチでは、300Hz以上です。そういうトレードオフがあるんです。
サイズが小さくなると、体積に対して表面積が大きくなるので、面積を活用できる。そこで、昆虫はからだの表面にさまざまなセンサーをいっぱい並べるんです。なぜそんなことをするかと言うと、いろんな刺激に反応できるセンサーを並べておけば、刺激をセンサーのレベルで区別できるので、脳での処理が軽減されるわけです。小さな脳しかない昆虫にはうれしい話です。効率よくできてるんですね。
ヒトでは、逆に表面積比が小さくなります。むしろ、いろんな刺激に反応できるセンサーを使って、大量の情報を脳に送って、巨大な脳で処理をして、問題解決を図るわけです。昆虫は小さいという特徴を生かして、センサーを重視して、脳は処理を簡略化できるわけで、結果的には情報処理は単純で、速くて、経済的な特徴を持つようになったわけです。まさにエコなシステムです。

カイコガとフェロモン

研究の主な材料にしているのがカイコガです。産業的に今は少し衰退してしまいましたが、日本がずっと育ててきて、さまざまな突然変異種もあるカイコガを使います。昆虫をモデルにして脳の仕組みを解明する研究は、ほとんどショウジョウバエで行われています。ショウジョウバエは、アメリカで開発されたモデル生物で歴史も長いんですが、僕はこのような昆虫はあまり使いたくないんです。生き物の間で脳を比較することも重要だし、カイコガは日本にオリジナリティがあり、これまで日本人研究者によってたくさんの研究が行われてきた材料です。日本人には愛着があって当然です。カイコガを使って研究を世界に示していくことも重要だと考えています。たしかに、ショウジョウバエだと基盤はできているので、 アイデアさえあれば研究はすぐ進む。でも、あえてそれに乗らない(笑)。でないと、ショウジョウバエの研究者ばかりになってしまいますから。実際、そのようになってきているんですが。
それにね、カイコガはつぶらな瞳でかわいいんですよ。カイコガのオスは普段全く動かないんです。そのままにしておくと死ぬまでじっとしてる。大人になっちゃうと口もないんですよ。そんな微動だにしないオスのところにメスを置いてやると、メスが出すフェロモンに反応して途端に動き出す。これがオスの一生のあいだの唯一の行動なんです。メスを探すときだけ一生懸命動くんです。そんな生き物なんです。
こういう話をすると、子どもや一般の方もすぐ興味を持ってくれるわけですよ。オスとメス、非常にわかりやすい話です。
多くの蛾はこのフェロモンを探す行動を、自然の中で行います。飛行する蛾では、2キロ、3キロ離れていても探し出すことができるようです。匂いというと、何となくずっと連続的にあって、濃いほうを探せば匂い源にいけるんじゃないかって、みなさん簡単に考えますが、それは大間違いなんです。風があると匂いは連続じゃなくなるんですよ。塊になって不連続にしょっちゅう複雑に変化するんです。ものすごく複雑に分布している。そんな中で特定のフェロモンの匂いを探していくというのは非常に難しい問題で、実は工学の世界でもまだ解明されてない難問のひとつなんです。
工学的にこの問題を解決しようと思うと、普通はロボットに「濃度が高いほうを探せ」のようなアルゴリズムを入れれば、うまくいくと考えますよね。でもね、そんな方法じゃ無理なんです。それは匂いが先ほど言ったように不連続に複雑に変化しながら分布しているからで、実際にそのようなアルゴリズムをロボットにいれることを僕らもやってみたんだけど、全然ダメだった。
ところが虫は、風上に向かってバーッと飛んで、匂いを探し当てるわけですよ。自然が生み出した生物というのはやっぱりすごいものだと実感します。昆虫の1ミリぐらいの脳に人間が出せない答えがあるわけです。

脳のアルゴリズムを探す

要は、難解過ぎて普通だとわからない匂いを探し出すアルゴリズムが、昆虫の脳にあるわけです。僕らは、それも見つけ出しましょう、と。
昆虫のからだは、頭部と胸部と腹部からなっています。頭部にいわゆる脳があって、胸部と腹部にもそれぞれ神経節というたくさんのニューロンが集まって神経信号を処理する部位があります。胸部には6本の脚(あし)と2対の翅もありますね。そこで、こんな実験をするんです。頭部と腹部を切り落とし、胸部だけにする。胸部には、翅と脚がついている。この状態でも、ちゃんと普通に羽ばたいて、普通に歩きます。乾燥しなければ1週間ぐらいは動きます。ところがこれだけだと、真っ直ぐにしか歩いたり、飛んだりできないんです。右に行ったり左に行ったりするのは、頭から胸部に下りてくる信号が必要なんです。脳から胸部に「どういう風に脚や翅を動かしなさい」と命令がくるわけです。人間も同じです。脳からどのように動くかの指令が出て手足が動く。
昆虫の脳をCTスキャンして、三次元的に再構築してやると、 脳のなかの構造を見ることができます。ニューロンの集まりからできた色々な形をした構造体があることがわかります。その中のひとつに触角葉という匂いを識別するところがあって、これは人間が匂いの処理をする嗅球と同じしくみで動いています。嗅覚というのは一番古くからある感覚なんですが、人間も、いろんな動物も、虫も、みんな同じようなやり方で匂いを区別するんですね。

脳の「配線」を再現する

僕らは、昆虫の脳をその素子であるニューロンから再現することを行なってます。1つ1つのニューロンからつくることで、脳を理解しようとしています。人の脳では無理でも、昆虫くらいならできる可能性があるんです。じゃあ、どうやってそれを再現するか。脳がジグソーパズルの絵だとすると、そのピースは1つ1つのニューロンです。昆虫では、うれしいことにたくさんのニューロンが特徴的な形と働きをもっているので、同定できるのです。IDをつけることができます。そこで、1つ1つのピースのニューロンを特殊な顕微鏡を使って、特定して、色素で色をつけて、形を見えるようにします。また電気的な反応を計っていきます。そうしてジグソーパズルのピースを一個一個集めるわけですよ。しらみつぶしに、全部リストアップしていく。
次に「標準脳」というのを用意しておくんです。ジグソーパズルのピースのフレームです。そのフレームに1つ1つのピースを入れていきます。脳の形は個体によって少しずつ違うので、補正をして、変形させながら、標準脳のなかに入れていきます。それで神経の回路をつくっていくわけです。配線図です.そして出来上がった神経回路をスーパーコンピュータの「京」の上に再現していくんです。
なぜ「京」が必要かというと、脳の神経の回路は時々刻々とその接続の仕方を変えていくからです。今こうやって話しているあいだにも、われわれの脳の配線の様子は変わります。虫の脳も同じです.だから,回路の配線がリアルタイムで変わっていく様子を見ることが大事なんです。
リアルタイムでの信号処理を実現するにはどれくらいの計算量が必要かというと、ヒトの脳だと10の11乗(1000億個)のニューロンからできていて、10の21乗フロップスが必要です。つまり1秒間に四則演算だと10の21乗回できる必要があります。カイコガだと、ニューロンの数がおよそ10の5乗(10万個)なので、1秒間に10の16乗回の計算が必要となります。まさに”京”なんです。ピッタリなんです。僕らはカイコガの嗅覚系に注目して、まず匂いを探索するそのスキームはどうなのかというのに特化して研究を進めています。その場合だと、10の15乗ぐらいの計算量でいけそうなんです。現在は、カイコガが右へ行ったり左へ行ったりする行動を指令する信号がつくられる場所の神経回路の再現を進めています。

昆虫サイボーグ

生物の本当の重要性は、環境との相互作用を通して脳がどう変わっていくかということです。変化する環境にどう適応していくのか、脳の神経回路が時々刻々と変化する様子を明らかにしたいのです。これはかなり難しい問題ですが、これを今後解明していくための一つの新しい方法を考えたわけです。それがサイボーグです。身体は完全にロボットで、脳の信号でロボットが動きます。先ほど説明しましたが、脳からは命令が出て、カイコガは左右に動きます。この命令をだすニューロンがわかっています。そこで、このニューロンの命令を使って、ロボットを動かすわけです。試行錯誤の末、5年かけて、ようやくサイボーグが実現するようになりました。視覚と嗅覚の情報が正常に脳にはいるように、複眼と触角は残してあります。からだは全てロボットです。

脳をつくりたい

トップダウンといいますが,人がルールを考えて脳を作ることはできません。だから、本物の脳を1つ1つのニューロンから再現することで作っていくしかないと考えています。そうしてはじめてその仕組みがわかってくると信じています。昆虫では、1つ1つのニューロン、つまりジグソーパズルのピースを集めて、とりえあえずはそれらしき配線図(神経回路モデル)を作ることはできます。脳の神経回路,つまり配線を正確に再現したものを作るわけです。ここまではいいのですが、それぞれのニューロンがどのように接続され、また時々刻々とどのように接続具合が変化するかはわかりません。そこで、脳で動くロボット、サイボーグをつくり、サイボーグが実際の環境の中を動き回るときに,その脳から複数のニューロンの活動を計測しながら、配線図(神経回路モデル)を元にして,その神経回路モデルのどの部分がどのように変化するかを,つまり脳が変化する様子を推定しようという発想が生まれたんです。神経回路のニューロンの接続ポイントは、昆虫の脳といえども何十万点もあります。それを脳からの計測結果に合うように、神経回路モデルの接続ポイントの変化をリアルタイムで全部計算しながら、推定していくのです。このようなステップを踏むことで,より本物の脳の神経回路モデルに再現していくのです.そのためにはスパコンの計算能力が必須となります。
このようなアプローチを進めることで、本物に近い脳の神経回路モデルが再現できると考えています。このようにして神経回路ができれば、シミュレーションを元にして特定のニューロンを動かなくしたり、あるいはダメージを与えると神経回路にはどのような支障が生じるかを推定できるようになります。また現在、昆虫の脳では特定のニューロンの活動を止めたり、開始させたりを,外部から光や温度の刺激を与えることでコントロールすることができるようになってきました。いわゆる遺伝子操作により、特定のニューロンの活動を操作できるのです。そのおかげで、神経回路モデルが正しいものであるかを評価することも可能になってきたのです。このような研究をすすめることで,近い将来,神経回路モデルで脳のはたらきをシミュレーションしながら,脳の損傷部位を推定したり、損傷を修復するには、どのようにすればよいかを推測し,その結果を、遺伝子改変技術を用いることで 実際の脳で行うことが可能になると考えています。このような技術をまずは、昆虫の脳で確立することを目指しているわけです。昆虫の脳では、このようなことが具体的に議論できる所まで来ているんです。

ロボットと人間の共存、機械と人間の融合

将来、今後10年、20年後を考えたときに、どうしても僕ら人間は機械と共存しないといけない世界になってくる。特にロボットとですよね。今はいかにも機械的で、そばにいると安心感どころか危ないかもしれないという不安感さえ抱いてしまいます。こういう状況では、共存はありえないと思います。近くにいても、いるのかいないのかわからないように我々を支援する、そういうものであってほしいわけですよ。ペットの動物なんかは、近くにいても機械に感じるような不安は持ちませんよね。つまり、雰囲気を察してどう行動するべきかを判断できるような賢いロボットがいれば嬉しいわけです。だったら、生物が行なっている方式がよいのではという話になりますよね。そこで重要なのは何かというと、やっぱりそのような振る舞いを作り出す脳な訳です。でも、いきなりヒトのような賢さをロボットに実装するのは無理。まずは、小さな虫ぐらいからでいいじゃないのかと。実現できる可能性のあるところからはじめてもよいと思います。

さらに言うと、共存だけじゃなくて、機械と人間が融合することも必要になるでしょう。一体化するということが重要です。例えば、イチローは、バットが身体の一部と化している。クローブとか箸など道具全般や、クルマもそうですね。機械が身体化して、一体化していくということが大事で、その時にどこで機械と我々の脳がリンクされるかというのが重要になってくると思います。

例えば、高速で走るクルマには、安全性を求め、衝突を回避するような能力は備えたい。こういう危険から避けることはもともとわれわれの本能にもあるわけです。昆虫をはじめあらゆる動物がもっている。ならばまずは,昆虫がもっているそのような仕組みをクルマに搭載してあげる。さらに理想的には、あたかもドライバー自身が自分の能力で回避しているような気分、雰囲気になるようにしてあげられれば,ドライバーとクルマはまさに一体化するわけです。クルマが身体化するわけです。

「頭に体が追いつかない」とかよく言いますよね。実はヒトの脳というのはさほど衰えないんです。むしろ筋肉などの身体機能が衰える。オリンピック選手だって、年を取ればどうしても反応が鈍くなります。イメージ通りには動かない。それをイメージ通りに身体が動くように支援してあげる。そういう脳と身体を補助するようなしくみ作りが重要ですね。『GHOST IN THE SHELL』の世界ですね。人と機械が不自然ではなく,人がイメージした通りに身体を駆動できる,そんなリンクというか融合というかが、すごくおもしろいところだと思うんです。このような世界は,慎重に考えながら進めるべきと思いますが、そういう世界に突き進んでいくように思います。

原初的な、それでいて完成度の高い虫から 学ぶ

ヒトの脳は三層の“レイヤー構造”をしています。玉ねぎのようなイメージです。進化の流れで言うと、中心の一番深いところに「脳幹」というレイヤー(第1階層)です。生命を維持するための基本機能を司るところで、ここさえあれば、とりあえずは生存できるという部分。次のレイヤー(第2階層)が「辺縁系」といわれるところ。ここに本能的な「食う」「逃げる・戦う」「生殖」行動の中枢,さらに情動や記憶学習に係わる海馬なんかがあります。多くの動物が共通に持っています。ヒトは集団を作りたがりますが、このレイヤーには「集団欲」のようなものも組み込まれているのかも知れません。昆虫の脳はこのレイヤーまでです。次のレイヤー(第3階層)が「大脳新皮質」で、ヒトに特徴的な脳の部分です。認知だとか、心といったものがここで生まれます。

人は集団をつくりますが、これは第2階層が関係しているかも知れない。本能行動を生むこのレイヤー相当の機能は昆虫にもありますから、昆虫が集団を作るのもひょっとしたら同じような、よくわかりませんが、生物の本質の一つがあるかも知れないですね。

人は集団欲をもち,仲間と一緒にいたいというのは、本能的に意識下のレベルで盛り込まれているんでしょうね。ところが、おもしろいことに、仲間を作りたいにも関わらず,人は殺し合いをする。矛盾しますよね。人はエゴ(知覚・思考・意志・行為などの自己同一的な主体として、他者や外界から区別して意識される自分)をもち,エゴは,意識上の話でしょうから,第2階層までの意識下・無意識とは別のことですよね.エゴは,最外層,つまり大脳新皮質が生み出すものでしょう.また,第2階層が生む「食う」「逃げる・戦う」「生殖」という本能行動が前面にでると社会生活ができませんから、一番外のレイヤー,第3階層が下位の階層をコントロールすることになるんでしょうね。

じゃあ、虫にもエゴみたいなものはあるかというと、エゴ自体,最外層の脳のしくみで,意識上の話でしょうから、昆虫には“ない”とうことになるんでしょうね。人から見て殺戮をくりかえす軍隊アリ,一見そうみえますが、人が人を殺すのとはまったく異なった次元のことじゃないですかね.エゴとは、最外層の脳をもった動物,すなわち進化した人などが持ち得るもので,昆虫にはない.昆虫が他の昆虫を殺しても,かれらの純真さ?、本能からでる行為なわけです.ここでエロ(生殖本能)といっているのは,第2階層がつくるものであり,エゴとは第3階層がつくるものとなります.ただエロティズムのように文化・芸術的に昇華されたはなしはここでは考えてませんが。

エコ、エゴ、エロをこういう観点から考えると,生物は,その進化の段階によって,エロはもつがエゴはない生物から,エロもエゴももつ段階へと進むものと思います.エコを生態あるいは個体と考えるなら,それらを包括したものとなるでしょうか.これら3つには,時間と空間がおりなす階層的な構造が見えるような気がします。

エコ・エゴ・エロの曼荼羅

どんな生き物にとっても自分を取り巻く環境から取り込める情報は限定されます。だから、どんな生物にとっても限られた世界像しかつくり得ない。感覚器を通して受け取った信号をもとにこのような世界像を脳に作るわけです.このような世界を「環境世界」といいます.たとえば,人で言うと,感じることのできる光の波長は,400nmから800nmで,これを青から赤の色と感じます.紫外線や赤外線もありますが,色として感じることはできない.音で言うと20Hzから2万Hzまで聞こえますが,もちろんそれより高周波の音,超音波もありますが,それは聞くことができないですね.動物によっては,紫外線を色として見ているものもあれば,超音波をつかってコミュニケションしている連中もいるわけです.動物によって作られた環境世界があり,1つの世界しかわからないわけです.その世界の構造が,動物のふるまいを決めることになるわけです。

ここでおもしろいのは,生殖本能(エロ)の世界像です.これは第2階層に基本的に支配されるので,無意識の世界,さらには,それぞれの動物で生殖本能をドライブする環境要因が全く異なるということです.したがって,エロの世界像は動物によって,種によって,まったく独自の世界となってしまいます.だから種を維持できるのでしょうが.一方で,「食う」「逃げる・戦う」は,種間の相互作用の世界を構築しています.

ただ,人の世界では,第3階層が支配的で,エゴによりこのような関係が成り立たなくなっています.自律的なエロの世界を支配しようとするエゴの世界,そしてそれらを包括したエコとう構造が成り立っているのでしょうね.しかし,実は,エロの世界がエゴ,エコを支配するとう図式が本当は正解なのかも知れない.人はエゴにより,自己が中心として動いているという主観をもっており,それが正しいと思い込んでいるだけかも知れない.自然の摂理はその逆かも知れないという気もする.曼荼羅のような世界観なのかも知れないですね.

こういうことを考えるのも脳です。「脳」がつくる世界は脳が身体を通して環境と相互作用しながら信号処理してできるわけで,何らかの原理原則のもとで機能しているでしょうから,きっと記号化できると,われわれは信じて目指しているのですが、そうたやすくはない.たとえば,「記号着地問題」って言われるんですけど、ここにいるウサギがいる.実体としては,われわれの脳ではわかった気になるわけですが,それを記号で表せと言ったときに,なかなかやっかいなわけです.脳はそれをやっていると思うんですが.色は白、形はこうで,なき声はこうって、記述していくわけじゃないですか。ただ、表現すべき要素があり過ぎるし、個体差もあり過ぎる。記述に際限がなくなってくるわけです.記号化した瞬間に、その本質が失われる.
 じゃあ,何を伝えればよいか,本質は何かいうことになるわけですが.なかなか難しいですが,この本質は、きっと、小学生でも、大人でも,おばあちゃん、おじいちゃんでも誰でもわかることと思うんです.すごい知識がある人だけが、理解できるとうことではないと思うんです。僕は普段、小中高生,一般の方,先生、そして学者であるとか、国内外でいろんな人の前で研究を紹介していますが、誰に対しても全く同じ内容を話しています。なぜそんなことができるかというと,誰がなんと言おうと、昆虫のオスがメスを探して交尾しに行くという事実は、そこに確実にあるわけです。論理や概念うんぬんではないですね.その仕組みには,階層があり,分子レベル,神経回路レベル,行動レベルと.いろんなレベルで紹介する必要がありますが,重要なことは,常に全体を見据えた視点があると言うことだと思います.

今日は,脳の階層性という切り口から,エコ、エゴ、エロを博報堂のみなさなんといろいろと議論させてもらいましたが,僕自身,はじめにこの3つのタームを聞いたとき,何度も言ってきましたが,脳の階層性とよくマッチするかなあと思っていたし,結果的に人は,第3階層がつくりだす「エゴ」によって,エコ(生態,個体)を通り越して支配するという図式かなあと漠然と納得した気になってたんですが,実はこれ自体が「エゴ」という,主観的で,視点をかえることができない人の「エゴ」かとふと,気づいてしまいました.実は,生命の本質の「エロ」が意識下でしっかりとあり,「エゴ」によって自分たちが一番偉いと思っている人間を支配している.そんな図式を思い描きました.こういった世界観が実は,生態・個体つまりエコを通して共通にあるのだと.密教の世界観を彷彿しました.
人はエゴがつくりだす主観が支配的する世界観が強すぎる気がします.さまざまな環境世界があり,それによってこの世界が成り立っていることを再認識する必要を感じますね.したがって,様々な視点からものを見ることを意識して,再認識することが必要なんでしょうね.人それぞれにも環境世界があるわけです.この点も要注意ですね.

記事中使用画像・キャプション

  • 昆虫サイボーグ(昆虫脳操縦型ロボット)。
  • 中心部にカイコガの脳、複眼、触覚触角が設置され、機械の体に接続されているのが見える。
  • 昆虫の脳(頭部神経節)と胸部神経節。
  • (キャプションなし)
  • カイコガのオスは、メスのフェロモンに反応して動き出す。
  • 触角葉における糸球体の匂い刺激に対する時間空間応答のイメージ。
  • (キャプションなし)