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この手は1400年と会話する
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この手は1400年と会話する

金剛組 匠会会長 木内組棟梁 木内繁男

創業西暦578年。1,400年続く宮大工集団にして、世界最古の会社、金剛組。その歴史に苦難がなかったわけではない。しかし、その苦難を乗り越えてでも、価値ある美に仕える志が、そこにはあった。金剛組が束ねる8つの組の専属宮大工集団「匠会」の会長を務め、今でも全国で数々の社寺建築を手がける、木内組棟梁の木内繁男、語る。

宮大工は飛鳥時代から続く伝統の技能です。そのいわれは、聖徳太子がその昔、三人の宮大工を百済の国から日本へ招いて、四天王寺を建立したのが始めとされています。金剛組は、その四天王寺建立を命じられた宮大工の金剛重光を初代として、現在まで続いています。

1,400年続こうが、10,000年続こうが、大工には道があり、道には「初日」があります。おかげさまで、金剛組には宮大工志望の若者がたくさん来てくれる。彼らには、初日から、必ず作業場の清掃してもらいます。しかし、実際、そこで掃除だけをさせるのが目的ではありません。実は掃除をしながら、色々な職人の技を近づいて見ることができる「権利」を与えているのです。槍鉋(やりがんな)を使う職人の体使い。荒削りをする職人の腕の勢い。装飾の仕上げをする職人の手元。そういうものに掃除という名目で近づけるのだから、これ以上の授業はない。掃除を任せるだけで、黙々と掃除だけをしている新人と、先輩職人の技を積極的に見て学ぼうとする新人。それぞれの将来の大成ぶりはうかがえるものです。数年で現場で活躍しはじめる者もいるし、10年かかる者もいるし、一生、相番(誰かの協同作業を手伝う係)で終わる者もいる。

現在、金剛組には8組の宮大工集団がありますが、1人の棟梁についたら、性格が合おうが合うまいが、原則として各組の職人の移籍は禁止です。それは、遠方の現場や知名度の高い建造物など、職人側で選り好みをすると現場が成り立っていかないから。棟梁同士で性格の違いもあるし、組ごとに風土も違いますが、金剛組の屋根の下、一緒に仕事をしているんだから、最良の仲間でもあり、ライバルでもある。組同士の若者は、技術をお互い教え合ったりはするけど、なぜか緊張感があって、不必要に馴れ合わない。気を遣っているのか、緊張しているのか。仲が悪いというのではなく、背筋ののびた礼儀が、各組同士に自然にある。

本堂の得意な組、庫裏や客殿の得意な組、門や鐘楼を得意としたり、重要文化財建造物の解体修理を得意としたり、作風は千差万別ですが、8人の棟梁は先代からの付き合いで気心は十分知れており、親兄弟以上の関係です。毎月の定例会、親睦会、遠方への研修会には8人で出かけ、年末から年始にかけての金剛家の行事にも全員協力して出仕して金剛組の歴史と技術を支えている。普通の企業にくらべると、徒弟制度が厳しいかもしれませんが、棟梁同士はとにかく仲がいい、それが金剛組の風土。

私の父も金剛組にお世話になっていた宮大工です。子供の頃から家には住み込みの若い職人がいて、休日に道具の手入れをしているのをそばで見ているのが好きで、職人としての所作や精神も自然と身に付きました。学校を卒業して家業を継ぐのは両親も自分自身にとっても当然の流れで、何の疑問もなく修行を始めました。私は、自分の結婚式を、自分が初めて大工仕事で参加した神社で挙げさせていただいた。本当に泣けたし、感動した。私たちがつくっているものは、人が結婚したり、健康を祈ったり、安産を祈ったり、祈りや感動の舞台になるんです。一彫りにも手が抜けない。

新築の現場ばかりではなく、古い社寺の修復も数々あります。職人として一番嬉しいのは、その時代の職人の技術に直に触れること。何百年も前の職人が彫った仕事が、目の前に息づいているんだから、この国はすごい。修復作業で、丁寧に「ほぞ(木材を接合するための突起)」を抜くと、一仕事一仕事に息を飲むほどの美しさを感じる。やっぱり室町時代の仕事は、すごい。大胆な材の「仕口(木材の接合部分)」や、人の目のつかない門の裏に、こう、飛び跳ねるような鯉を一目でバンッと彫っていたりして、まるで生きているようです。飛鳥から現代にいたるまで歴代の宮大工が私の先輩。彼らの手仕事を見ることで、対話をさせてもらえる。「お前ら、いい仕事してるか」って、いつも、問いただされているんです。腕を磨いて良い仕事をすることが、職人としての生涯の目標、一生勉強です。

この国は本当に美しい国です。たとえば、式年遷宮はこの国のもっとも大切で美しい儀礼のひとつであると同時に、宮大工技術の継承でもあるわけです。この国では、礼と匠(たくみ)が一体として、後世に伝えていく必要がある。複雑なことに、金剛組にも伝統的な宮大工技術だけではなく、数億円の社寺建築を受注し、施工する上で、「企業」としての側面での経営技術も課されてしまう。経営と工芸の両立をどう図っていくかが、最大の課題。高度成長の時は、迷った挙げ句、社寺建築以外に手を出したこともありました。RC(鉄筋コンクリート造)の一般建築物を受注したりね。瞬間は、手広くなって、裕福になりましたよ。でも、長くはうまくいかなかった。なんでか。それは、志だと思う。私が、そして私の組の職人が、会社が、ひとつになるための志。人でも、企業でも、国でも、礼と匠が一体となる志が、もっとも大事なんじゃないかと思う。金剛組は、今は全部他のことはやめて、社寺建築だけにきっぱり戻しました。1,400年続いているってよく言われるけど、目の前のことで、今日一番いい仕事をする。それしか、ないですよ。