タイトル
ITは終わる。プログラムはディスプレイを飛び出す。
著者 / 話者

ITは終わる。プログラムはディスプレイを飛び出す。

Tehu

2014年、私立灘高等学校卒業予定。中学時代に制作したiPhoneアプリが180万ダウンロードの大ヒットとなり、注目を集める。その後、クリエイターとして多くの企業や団体のプロジェクトに参加し、これまでに関わった製品は30以上。学業の傍ら、さまざまな分野で制作活動を行いながら、さらにテレビ出演や講演、執筆、連載を数多く抱え、「ネ申」に一番近い高校生と謳われたTehuが語る、ポストIT、2025年の世界とは?

「スーパーIT高校生」と呼ばれるのはあまり好きじゃないんですよ。iPhoneアプリで中学生の時にみなさんに注目していただいて、ITの業界で活動をさせてもらっているのですが、僕としてはそろそろITから脱却しないとな、と思っています。iPhoneやMacのディスプレイの中だけで完結するのではなくて、ITも使いながら、さらにその先の、もっとタンジブルなものを作りたい。

いま僕が作っているのは、2月6日の卒業式の後に生徒主催で開かれる「卒業感謝祭」の演出なんです。会場のライトを全部消して、プロジェクター5台、コンピューター10台
と放送機材をつなげ、そして「openFrameworks」(クリエイティブの分野で使われるC++のオープンソースツール)を使って1時間半のライブができるシステムを自分たちで組んでいます。今年の卒業生には、ダンスができる人、歌を歌える人、漫才ができる人、オタ芸がうまい人、などなど、いろんな才能が揃っているので、彼らと一緒に高校生最後の思い出を作ります。

演出に合わせてデジタルペンライトも開発しています。ライブで観客がステージに向かって一斉に振っている光る棒、あれがペンライトです。それを、Web上に持ってきてスマホからアクセスさせてネットワークで全部つなげて、アーティストとファンのインタラクションを作る。絶対面白いですよ。これを灘校パソコン研究部の後輩で、大臣賞を総嘗めにしている凄まじいプログラミングの天才と一緒に作っています。オープンソースで公開するので、誰でも機能を追加できる。みんなで作るこのツールを、演出に予算を割けないインディーズのアーティストたちにもぜひ使ってほしいです。これは春に入学するSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)での最初の研究課題にしています。

僕はiPhoneアプリで世に出させていただきましたが、本当はすごいアナログ人間なんですよ。iPadで本を読むよりは、紙の本をペラペラめくる方が好きで。本はほとんど本屋で買うし、自分の部屋もAKBとか、ももクロとか、いきものがかりのCDやDVDでいっぱい。雑誌もあちこちに山積みになっていてトランクルームももうすぐ満杯です。結局、世の中すべて「モノ」じゃないですか。触れるものはすべて「モノ」なんです。IT業界の人たちとよく話をするのですが、多くの人がソフトウェアという「コト」だけに傾倒している印象があります。コンピューター万能論じゃないですが、パソコンが1台あれば、2Dの画面上ですべてが解決すると思っている人がめちゃくちゃいる。でも、それって「モノ」を作っているAppleさんの手の上で踊っているだけなんです。何十万、何百万というデベロッパーが、小さなiPhoneやiPadの上で踊っている。もっと元をたどると僕らは全員、1960年代に「パーソナルコンピューティング」という概念を作ったアラン・ケイの手の上で踊っているだけなのかもしれません。僕はそれが無性に悔しくて。僕はそこをどんどん遡上していって、アラン・ケイを越えていきたい。30歳になるころには、ITを完全に辞めてもっと根本に行っているかもしれない、ひょっとして、哲学者になっているかも。

2025年に僕は30歳になりますが、きっとその時代の子どもたちは、もうITという言葉を知りません。スマートフォンは、いまから50年以上前にIBMが作っていた、冷蔵庫100台分くらいの大きさのメインフレームみたいな扱いになっているはずです。もうデバイスという感覚もなくなっているだろうし、すべてはウェアラブルを超えて、ウェア。つまり、着用可能なじゃなくて、肌です。どんどん体の表面から奥側に埋め込まれていく。ITが身体の奥の方に入っていって、そこにハッキングを仕掛ける組織が出てきて、その人たちが人類を脅威に陥れるかもしれない。あまり楽しくない予測ですが、それが2025年くらいだろうと僕は思っています。そして、救世主としてさらに進んだセキュリティ技術が量子コンピューターによって登場する。そこで人類は助かりますが、そこから電気的なテクノロジーが恐いという話になって、もっと恐い生物学のほうにテクノロジーが向かう。

世間では徐々に「ハードウェア革命」とか騒がれていますが、そもそも人間ってものづくりから文明が始まっているわけだし、僕たちはそれにもっと早く気付くべきでした。テクノロジーが発達しても、人間は人間のままだし、僕も相変わらずモノに囲まれて暮らしていると思います。2025年にはどこか安住の地を田舎に見つけて、ひたすらみんなが楽しくなるものを作って配信しているかもしれません。そもそもその時にはもう、インターネットという概念すらあるかどうかもわかりませんが。