タイトル
ただただ、おもろいだけやないか、と言われて果たい
著者 / 話者

3月某日、編集部は大阪・お初天神近くの某店に向かっていた。噺家・桂雀々師匠に会うためである。論より情、正論より奇論で構築される落語世界。とりわけ雀々師匠は屈指の豪快な芸風で知られる。「正しくないけど、おもろい話」を聞くとすれば、師匠をおいて他にない。更に我々は、日夜正論の追求に明け暮れる京都大学の理系学生・院生三人を招集した。科学の学徒にとって噺家の非科学的世界はどのように映るのか。展開予測不能の取材はビールの乾杯から始まった。

桂雀々…落語家。師匠は上方落語の伝説、故・桂枝雀師匠。2011年から東京へ移住。
ゆかさん…京都大学農学部3回生。沖縄でのダイビング以来、夢は海洋生物の研究者。
ともこさん…京都大学総合人間学部3回生。神経細胞を研究しつつテレビ局を目指す。
みやさん…京都大学大学院薬学研究科M1。サークルでよさこいイベントにはまり広告会社を目指す。
伊藤…編集部/(マーケティングプランナー)
田中…編集協力/(CMプランナー)

*写真提供|新宿末廣亭

■理詰めでもおもしろい噺はつくれるか

伊藤:師匠、今日は京大の学生と院生、それも理系の女子を集めました。

師匠:うん、僕とは違う分野の人達ですね。知的レベルが一般とは違う、選ばれた人達やなあと。僕らはあこがれるというより別世界。頭の中の構造がかけ離れた人達だと思ってますよ。でもね、頭のいい人達と絡むというのは、変化球でおもしろいんです。僕の師匠だった枝雀さんも、実に頭のいい人だった。神戸大学に行っていて落語家になった最高におもしろい人だった。同時に頭の良さが勝ってしまうような部分がちらちら見えて、それを本人は嫌っていて隠していましたけどね。

伊藤:ここに枝雀師匠の著作『落語DE枝雀』がありますけど、「サゲの四類型」とか、無数にある上方落語の噺を網羅的に分析して、笑いの仕組みを人文科学的に理解しようとされてましたね。

師匠:僕は枝雀師匠の弟子でありながら、師匠の言っていることは奥まで伝わっていなかったなあと思います。頭のいい人は頭のいい人と話をしているようなつもりだから、わかるだろうと思っていたんでしょうけど。そういえば、「頭のいい人は理屈から生まれる笑いが好きだ」と、養老孟司さんが興味深いことをおっしゃってました。ひねくれた感じの理屈で、ぐいっと持って行くような話が好きだと。頭のいい人はそれがおもしろいということなんですね。例えば…僕も高座でやる「さくらんぼ」という噺。ある男がさくらんぼの種を食べてしまって、そうすると消化せずに胃の中で根がはってきて、気がついたら頭から桜の木が出てきた…というような「ええ!?」というような理屈の話が、頭のいい人は好きらしい 笑 。つまり相手に催眠術をかけながら気持ちをひっぱって入っていく、ということなんだけど、知的レベルの高い人は、「さくらんぼの話はそうなっていくのか、へえ、枝が広がっていくのか、そしたら頭の上で花見して酒を飲んで」…という展開がおもしろがる。この噺はしまいには桜の木を抜いて、そのあとに池ができました… 笑 という、ばかばかしいことになるんですけどね。かしこい人はそんな噺に惹かれるところがあって、ちょっと変なんです。皆自分はまともだと思っているけど、僕はそう思っていない 笑 。あの話は、頭の上にいろんな世界ができていくんですね。それで最後は「こんな世の中は嫌だ!」と言って、その男はその池に飛び込んで死んでしまう…という話。

(一同:笑)

伊藤:もうSFですよね 笑 、自分の頭頂部にできた池に自分が飛び込むって…

師匠:そうSF 笑 。これが100年以上前からある古典落語なんですよ。こんな噺を考えた人は、絶対おかしいよね 笑 。

田中:「天狗裁き」とかもそうですよね。論理的にでかくなっていくところが、かしこい人は好きなんじゃないでしょうか(編集部注:ある男が見た夢の内容を本人は忘れてしまっているのだが、その内容を巡って嫁、隣人、大家、奉行…と騒ぎが雪だるま式に大きくなっていく噺)。

伊藤:ある種の理詰めから生まれるおもしろさ、ですよね。単なる荒唐無稽というわけじゃなくて。

師匠:枝雀師匠も理詰めの人だったと思う。枝雀師匠のマクラで、人間が生まれたときの話というのがあるんですが、それがアメーバから始まる。まずアメーバが四つん這いになって、立って行く… 笑 という話の言い方がおかしいんです。言い回し。そんなわけはないのに 笑 。人間のスタートはアメーバから。その流れの説明をしたときに、「気象」というのは人間ができるよりずっと古い話でございまして…と、そこから日和(ひより)の噺に入っていく。ここまでが導入部のいわゆるマクラという部分なんですが、これがまたおもしろかった。

伊藤:なるほど、マクラに既に意外なおもしろさがあって、ああおもしろいなあ…と思っていたら、客の視点を更にアメーバ発生以前より過去に引っ張って、瞬間的に本題に入る…その転換もまた意外な気持ちよさがあっておもしろいですね 笑 。

師匠:そういう狙い目というか、いろんな書物を紐といて自分なりにまとめてたんじゃないかと思いますね。

■東京と大阪の同じとこ違うとこ

伊藤:マクラの話が出たところで師匠、一応今日僕の方で用意してる話題に入っていきたいんですが、まず2011年から始められた東京生活について。東京人のおもしろいところ、そうでないところとかどうでしょう。

師匠:東京の人は大阪の落語を聞いたこともない人が多いですね。僕は自分のテーマとして上方落語、雀々落語をどれだけ上方以外にぶちかましていけるか、というのがあったんです。それを40前半で思っていて50前半で固まってきて…と。お客さんの笑いの特徴としては、東京人は人口密度が高い中で、一度飲みこんでからじわっとくる、というところがありますね。大阪は瞬間瞬間、どん、と、変化球でも真ん中でも入ったらどかんということがある。大阪は反応が早い。東京は舌鼓を打ちますね。やりにくいことはないけど、最初、「あ、これは待たなあかんのや」と思ったんです。例えば含み笑いをするとか、違うところの視線をじっと向けるとか、情けないなあという一言を入れたりとかで、間をもたせる。そういう意味では、慣れるまではだいぶかかるかなと思ってたんですが、意外や意外、すんなり入っていけたんですこれが。

伊藤:ははあ、笑いが来るという点では変わらないけど、その反応速度には違いがあるということですね。

師匠:大阪生まれで大阪育ちの人だと、瞬間瞬間に反応するんです。それはそれでいいけど、東京は違います。で、上方には一門があるんですが、一門の中には東京へ行って、東京の笑いの速度に合わせるような見せ方は誰もしてなかったんです。僕は、それではなじまないだろうと。向こうに住むべきだろうと思ったわけです。実際のところ、東京に行って良かった。人脈もできた。大阪からの土産も何もなしで、ただフリーで行ったんですけどね。米朝事務所も出ました。一度独立して自分の力を試したいというのがあって、組織を出ました。それで行ってみたところ、以前に「東京に出てくるならウエルカムですよ」と言っていた人が、意外と冷たかったりしましたね。調子のいいことを言っている人の言葉を信じても、もう一つうまくいかないということがあったんです。僕はそれを察知しました。見極めが早い方なんです。その一方で、また違う人と出会ったり、以前は「冷たい人やな」と思っていた人が、逆に自分のために動いてくれたりとか。

田中:調子のいい人は信用するなということですよね。

師匠:そういうこと。9割が偽物で本物は1割2割もいてないと思いまいした。一昨年の末に東京へ引っ越ししたんですが、去年の今頃精神的に孤独でしたね。嫁と息子は大阪にいたままで、娘と自分が東京という状態から始まって。プライベートで娘との絆はじわじわと深まりましたけどね。

伊藤:住んでみなあかんな、と東京の水に頭まで浸かられて、大阪での高座で今度はリズムが合わないとか、そういうことはありましたか。

師匠:それは全くなかったですねえ。大阪でも固定の友達と会ってたから、そんない代わり映えがないというか。反対に東京では毎日違う人と会うんですよ、広いから。例えば世田谷区、大田区の大きさといったら。東京はでかいと思いました。

伊藤:東京は広くて多様性があるから、特定の色に染まりにくいということですね。仕事の仕方、商売の仕方はどうでしょう。「商い」というか堺とか船場の商売の空気がある一方で、東京は「ビジネス」かなと。

師匠:僕はそういう環境の真っただ中には行っていないですからね。商習慣の違いは感じませんでしたね。そういえばBSの冠番組を4月から始めるんですよ。僕は他人と絡むのが大好きなんで、そういう僕の成り上がりの番組をやりたかった。一見胡散臭い人と絡むのも興味があります。たたき上げの社長とか、そういう人の話を聞いてみたい。人と絡むことで、その人の人生観、おもろい人がいてるな、我々も元気をいただいたな、と息子や娘に言うということがあると思うんです。こないだ1本録ったところなんですけど、76歳のおかみさんが出てきて、これはすごいと思った。大阪の勝ち組と東京の勝ち組は違うんやなあと。大阪で勝っても、まあ、ねえ、というような雰囲気ががあると思うんですが、東京で勝ったら、もうドヤ顔がすごい。

伊藤:師匠の場合、そういう雰囲気も肌に合いますか。

師匠:合う合わないというか、自分の落語をマーケットが大きいところで見せた方がいいのではないかということですかね。関西だけでやっていると、滋賀県から先は岐阜羽島までしかいかないとか、三重県、兵庫県で止まってしまうとか。自分の中では、大阪の落語家というのは70人位いれば事足りるんじゃないかと思うこともあるんです。現実は270人。古典をやるということで言えば、まあそれが皆同じ作品をやっていると言えるわけですよね。60席の寄席があって、大阪の270人が60席を取りあいしているような状況。そういう競争の中で、一つこれという噺を身につけたら勝ちなんです。たとえばいろんな人がやっている「じゅげむ」を、あの人の「じゅげむ」は違うよ、と言われるというのが価値。東京には落語家が500人位います。その中で自分のこれという噺を見せたい。

■寄席の「空気」、刑務所の「空気」

伊藤:寄席の話が出ましたが、師匠に寄席の「空気」って何なんだろうということを聞いてみたかったんです。落語の世界で「空気」を変えるということはありますけど、普通の世界でもそういうことはありますよね。「空気」というのはつかみ難いというか実態のないようなものだけど、師匠はどう捉えてるんでしょう。たとえばこの部屋の「空気」とか寄席の「空気」とか。

師匠:それはありますねえ。今日は空気が重たいなとかどう攻めたらいいかなとか。例えばね、学校の落語観賞会とかの空気というのがあります。これ、おもしろいのが、先生がだめなら生徒もあかんのですよ。つまり先生がいいあいさつをできてないと、生徒もあかんのです。例えば「今から我慢して聞け」というような挨拶をする先生もいます。あるいは生徒たちに「今から落語観賞会やが、2年前のああいうことはないようにな、お前らああいうことをするなよ、絶対あかんぞ、ウン…。それでは落語家さんどうぞ」、というような挨拶もある 笑 。「今日は落語家さんに出演料100万払っているから、予算の分も笑うように」、というような挨拶もあった。空気が重くなりますよ 笑 。もっと言うとね、小学校やら老人会やら幼稚園も行きましたよ、落語しに。ところがね、幼稚園では園児の誰かが「パンツ破れた」と言うと、それで全員が笑ってしまう、ある種の空気がつくられてしまうんです。パンツの空気が。パンツがオチになってしまうんで、噺の中のオチがわからない。

伊藤:えっ、幼稚園児は落語わかるんですか。

師匠:そらもう丁寧に説明するんですよ。他には葬儀場とか・・・刑務所でもやったことありますよ。

一同:刑務所!!!???

師匠:葬儀場の場合は、「故人が生前、落語が好きだった」ということで呼ばれて。刑務所のほうはねえ・・・うまくいかなかった。まずね、囚人の人達が遠いところから、「ザッザッザッ!」と訓練みたいに行進してきて「ピー!」という看守の笛で一斉に止まったりするんですよ 笑 。噺はするにしても、皆笑いはするんですが、看守の人達は囚人をずーっと怖い顔で見てる。それで一発目にしくじってもうたんです。「エー今日は皆さんようこそいらっしゃいました…」って言ってしまったんです。「皆さん刑務所にようこそいらっしゃいました」って…あ、入れられてるんか、と 笑 。それで噺に入って、内容はというと動物園のトラが亡くなってトラの皮をはいで人間がトラの皮を着て歩いたら…というものなんですけど、「トラが檻に入って…」、と言ってしまったんです。もう汗が出ました。「あ、檻に入ってるのはこの人たちか」って 笑 。刑務所でその噺をしたんですよ 笑 。そのときに、囚人さんは笑ってるようにも見えるんです。僕の落語のストーリーを笑っているですけど、看守が怖い顔で監視をしてるんで、ウウッ!(吐くようなしぐさで手で口を押さえて)とうつむいてしまう 笑 。笑ってるのか怒ってるのか…。それでずーっと怖い顔をして監視していた看守さんが、終わってからつかつか僕のところへやってきて、「いやー師匠、私、笑うのを我慢するのが大変でした」と言ったんです 笑 。看守がむちゃくちゃおもしろがっていたという。

伊藤:それはしくじったというよりは水面下では受けていたんじゃないですか。

師匠:いやいや、表情を見たら、皆おーんなじ頭で、同じユニフォームですよ。わかりにくい。それで笑ってくれる状況なのに、看守が緊張を走らせてしまうわけです。

伊藤:そんな調子で養護施設も老人ホームも行かれたわけですね。

師匠:もうあらゆるところに行った。場数を踏めば、空気にはなじんでいくんです。それに比べたら「大阪と東京」なんか、空気の違い?壁?ないない! 笑 。そんな場数踏んでくるとね、宗教の空気なんか楽やなあと思いますよ。緊張を走らせる要素なんてないですからね。

みや:あの、今ので質問があるんですけど、大阪と東京の空気の違いは少ないといお話ですけど、やっぱり違うとすればどう違うんでしょう。

師匠:どう違うと言われたら、うーん。東京でも大阪でも重い空気、軽い空気もある。一期一会。出会いの瞬間というものがある。その一期一会でそのときの空気、タイミング、その場の笑い、そういう意味でははっきり違いは言えない。

伊藤:それは今日の一つの発見なんです。噺家という空気に敏感なはずの人が、土地の違いによる空気の違いを、主観的にはあまり感じてないというは意外です。

師匠:なんでかというと僕は人と絡むのが好きだからだと思います。おもろい人が好き。のど元に入っていってくすぐってやろうと思うんです。この人はこんなこと言われたことがないやろうな、ということを言って、怒ったときにすみません、すみませんと言うのも好き 笑 。本当に危ない人に行くのとは違いますよ 笑 。クセのある人…特に一代で何かを築きあげた人間はクセがある。女社長やワンマンやな、という人が前にいるときに、じわっと相手に入って行くのが子どもの頃から好きだったなあ。

田中:逆に1対1で落語したことってあるんすか。

師匠:少人数で呼ばれたことはあるなあ。最少は10人程度の前で、お寺の檀家の人が集まって、雀々60分噺というのをしました。30人くらいの前で、サプライズ企画ということで呼ばれていったこともありますね。お兄さんの還暦祝いで、その方は僕のファンということでその妹さんにこっそり呼ばれて行ったことがあるんです。ところが行ってみたらそのお兄さんは僕のことを知らなかったんです 笑 。お兄さんがファンということで驚かそうと思って行ったのに 笑 。そのお兄さんは高飛車でワンマンな感じの人でやりにくかったなあ。「おまえ誰や?」と言われた 笑 。そんなこと言われても。「大人ならもっと融通きかせんかいな」と思いました 笑 。いろんなところで苦しみましたけど。

ともこ:いろんなところでやっておられると思うんですが、一番印象深い場所、「え!ここでするのか」ということはありましたか。

師匠:うーん、そうやなあ…野外で舞台をこしらえて、お客さんが来て座りはるんですが、お客さんと舞台の間に道があって途中で車が通るという状況で 笑 。で、車が行ってしまってからまたしゃべりだす。そんなところでしゃべって気持ちがひとつにならんがな 笑 、ということもありましたね。あとは、お寺の本堂が客席なんですが、下の方にもパイプ椅子があって、上の方と下の方と両方を見ないといけないのはしんどかった。しゃべる度に首をグワーって回しながら…首飛ぶかと思った 笑 。音楽なら音だけということで逃れられるけど、目線が必要な落語でそれはしんどかったなあ。途中で噺の筋がぽんと飛んだこともありますよ。そういうときどうするかって?「えー、どこまで話をしましたっけ」とお客さんに聞くんです 笑 。それからねえ、「平安神宮から8時集合出発でバスのお客さんと同乗してして盛り上げて」と言われたことはある。山中湖まで10時間、ということもある。それはお客さんが台湾人だったので通訳が入るので大変でしたね 笑 。小噺しても、台湾人には通じない。そのときは通訳とは言い合いになりましたね 笑 。まず平安神宮出て、京都市内の信号待ちで既にケンカになってました 笑 。「これ訳して」という小噺をしゃべると、「それは絶対に受けないヨ」と通訳に言われたんですもん。「鳩が何か落としたよ、ふーん」という小噺が絶対に受けないから、俺も舞い上がって、「通訳、ええから訳せ!」と揉めた 笑 。それはそのときには困ったけど、後のネタにはなりましたねえ。自分がしゃべって、通訳がお客さんに言って、ウケるまでタイムラグがあるんですよ。右見て、左見て、テニス見てるみたい 笑 。扇子と手ぬぐいを持って風船を膨らませるパフォーマンスもしました。いや、お客さんもね、バスの中で逃げ場がないから、僕の噺を聞かなしゃあないわけですよ 笑 。それで風船を膨らませるのは、これは通訳が言う前にウケましたね 笑 。そしたら通訳も「他にもないのか」言うてくるんで、「うどんはどう?」と言って扇子を割りばしに見立てて、うどんを食べつつ、これはかまぼこで…と訳させながらやりました 笑 。その時にはバスの乗客60人の台湾人のハートをつかみましたね。それからおそばもラーメンを食べた。大変でしたわ 笑 。それが一番強烈な印象に残ってますね。だからいいネタにもなってるんですけど。

伊藤:そういう経験をされていると、英語落語の可能性なんか師匠はどう思われますか。。

師匠:英語落語ね、これはやっぱり違うね!7年ほど前に太閤苑(大阪の行事施設)でやったんです。和の文化ということで、香水の会社が外国人をたくさん呼んで、文楽人形、陶器、九谷焼、その中の一環としてイングリッシュ落語をやりました。2月にそのお話をいただいてから、マンツーマンで先生に授業料を払って、半年以上かけて噺を全部英語で覚えました。それでまず、落語はイマジネーションの世界でね、ということをマクラで言わないといけない。そのときに8カ月かけて先生のところに行って勉強しました。だからもらったギャラより払った金額の方が多い 笑 。マクラでは「私の英語はちょっと奇妙に聞えるかもしれない。なぜなら大阪弁英語だから」というような下りで笑いが来たけど、笑いを待つ「間」ができていなかったんで難しかった。初めて冷や汗が出てきましたね。大阪は、東京は、という説明の出だしの部分が、英語で出てこなかったんです。1,000人の外国人が目の前で、「え…」という顔をしてました。もう、最初の部分からやり直しましたね。覚えたことを全部言わなあかん 笑 。英語落語は枝雀師匠がやっていたので、僕も丸暗記したんですけどね、もっと早くからやっとけばよかったはと思いましたね…冷や汗で。

■京大の男子はおもしろいのか

師匠:京大生はそういう経験どうなの?コミュニケーションとか女子会とか。

ともこ:やっぱり…関西ノリはすごいと思います。東京から来た人とは、笑うところが違うと思いました。

師匠:だけど京大やといろんな土地の人が来るんやないの?そうでもない?例えばね、ネタが豊富というか、「自分なりにこういうことがあって…」というような話をするときに関西人と関西以外の人とは言い回しが違うの?

ともこ:関西の人が盛り上げていると思う。声が大きいと思う 笑 。

師匠:吉本を見て育っているんでしょ。おもしろいおもしろくないというのは1対1で話をするときに、客観的な話題じゃなくて人自体、相手自体を題材にすることもあるわな。例えば「この人は天然やな」と思ったら、一つのエピソードじゃなくてそのこと自体をネタにして、相手にフォローを入れたりするし。逆に、学生達が「来た」「はまった」っていう話題とか思い出はないの?大学で。

ともこ:わっと盛り上げることはあります。

師匠:それはシモの話題なのか、大失敗の体験談なのか。

ゆか:シモが多いです 笑 。女子会なら男の話が多い。でもシモに逃げている…逃げですね。簡単に笑いを取れるから。「おもしろい話して」と言われてシモに走ったときに、「私、逃げたな」と自分で思う。

師匠:それぞれのタイプがあると思うけど、この人とならこんな話したい、と放り投げられてくることもあると思うけど、頭のいい京大生の実態は、難しい話をしているわけじゃないのかな。

ともこ:やっぱり頭のいい話より、おもしろい人がもてると思う。どこに行っても「モノボケ」ができたり。

師匠:ん?(目の前の小皿を持ち上げながら)「そんな気持ちサラサラないわ」みたいなベタなボケかな 笑 。関西人はうまいのかな。

ゆか:うまいと思う。私は愛知県出身で愛知の人は人を笑わそうと思わないみたいだけど、関西の人は笑わせたいと常に意識している感じがします。

師匠:十八番のネタを持っていて、「それおもしろい話ですわ」と人に言われる人が勝ちなの?

伊藤:「すべらない話」みたいな。

ともこ:それと、物怖じしないでボケられる人。

師匠:ああー、「おもしろくない人物につっこんでおもしろい人にしてやろう」ということはあるよね。

ゆか:あります。

師匠:それは癒される話やなあ。学生の中のおもしろさも芸人の控室のおもしろさに通ずるというか。芸人でも、オフではしゃべらない人もいるけどね。僕はさんまさんと同じで、オンもオフも関係なくしゃべってるんやけど

ともこ:オフのときはないんですか?

師匠:あ、今は緊張が勝っているな、あ、今は緩和がいるな、というときならあるわけやけどね。今の男の子はどう?おもしろいの?

ゆか:おもしろくない 笑 。

師匠:京大内では男子も先生もいるけど、皆が皆おもしろかったらそれはおかしいわけ。それで今ここで僕がゆかちゃんのキャラを見るに、ゆかちゃんの場合は、ひたすら笑いはどうよ、というより、フィーリング…その場その場の間合いでしゃべる人かな。いや、それが一番コミュニケーションの中で大事やで。男の子が何か言って来たら「え?」って聞きかえしそうな、なかなか厳しい女子やと思う。

ゆか:そうなんです! 笑 。ウチの大学の子は、誰かがすべったときに拾ってあげることもできない。下手。反対にすべったときに頑張って盛り上げてくれる子が不憫です。

師匠:うん、誰かがすべったら、すべったことに突っ込んで、乗って、バカにならなあかんわけや。昔はすべるとかすべらんとかそんなことはなかったのになあ。今のようなことはなかった。「マジ」というのは一般人の言葉じゃなかった。落語では本来「マジ」とか「まじめ」という言葉は使わない。古典落語の時代では使わない。この頃は「シャレにならん」、と言う人もいるけど、それも元々芸人の言葉だったと思う。

伊藤:そういう、言葉の使い方が変化してきてる状況って、師匠にとってはどうなんですか。

師匠:落語の中の登場人物に成りきったうえで、桂雀々という自分のキャラクターならこの言葉を使っても許されるだろう…と甘えられるようになったということはありますよね。特に大阪の町やテレビ局が東京に発信して、さんまさんや、ダウンタウンが出ていって…という時代になって、我々も楽になったところはあります。30年位前の漫才ブームまでは東京は東京、大阪は大阪で、ということで、通じない言葉はたくさんあったわけですから。…うん、それにしても最近合コンというのはやってないけど、こういう取材とかコミュニケーションは3対3位がちょうどええね。まあ中にはバリバリ下心が見え見えのやつもいるけど。

ゆか:男の子のほうでですか?

師匠:もちろん。

伊藤:師匠、今は「肉食系女子」を自認する女の子もいるくらいですから、違うのかもしれませんよ 笑 。

(女性一同頷く)

師匠:そうかあ。頭がいいから、あらゆる方向に普通の人とはちょっと違う思考とか想像力が膨らんでるのかな。そういえば、頭のいい人ですごい人がいたな。とある高学歴の女性で。今日みたいな感じで一緒に酒を飲んでいて、最初は普通だったけどお酒を飲みだしたら…「普段どれだけストレスあるねん!」というくらいにものすごく陽気な人で、くだけるくだける。それでふっと僕のほうに耳打ちのようなことをしてくるので、「え?なに?」と近づいたら…耳をベットベトになめられてたんです 笑 。

一同:ええっ!!

師匠:他の人もいたんですけど、その人達は彼女がそうなることを知ってたみたいですね。俺はそんなこと知らないからびっくりしましたわ。その人はグループの中でたまたま僕に耳打ちしてきたみたいなんですけど。その場にもかつての経験者がいて、笑ってましたわ。…とにかく今は、男が盛り上げるのではなく、女子が、昔の男感覚で、男がトイレに行っている間にいろいろ露骨に言っている感じがする。男はなよなよしているよね。本当に弱い。

ゆか:女の方が強い。

田中:男の子から好きだと言わへんよね。

ゆか:それは頑張って女の方から言わせるようにしているというか、「相手も好きだな」とわかっていないと、絶対自分からは言わない。

ともこ:でも付き合ってからは女が主導権を取るよね。

■知的笑いと情的笑い

師匠:京大生に出会いはあるの?

ゆか:…合コン。

師匠:でもそれ、バランスはどうなの?頭のいい人同士でするの?

ゆか:いえ、土方の人と付き合っている女子がいるんです。すごく楽しいと言ってる。「本当の自分を出せる」と言っているんです。

師匠:でも慣れてきたら女が上から目線になるというんが多いんじゃないかな。頭のいい人も、アホな人も、求めるものが果てしない。それでゆかさんは将来何したいの?

ゆか:将来は研究者になりたいんです。高校の修学旅行で沖縄でダイビングをして、海の生物に興味を持って。

師匠:ふうん、普通ダイビングをしても「きれいだなー」と思うけど、「生物の研究しよう!」というようにはならない。「ダイビングしてこんなおもしろいことあった」という話はできるけど。研究になんか行くか、普通 笑 。…ハイ!ではともこさんは?

ともこ:マスコミに行きたいです。大阪のテレビ局を受けてます。

みや:私もマスコミ…広告に行きたいです。

師匠:ああ、マスコミはいろんな人との出会いがあるからねえ。

伊藤:師匠、男の子は元気がないとおっしゃいましたが、本当にそう思われますか。

師匠:元気がないというより、おもしろくない。例えばね、現実にあったことをそのまま人に言って、おもしろいかどうか試してみる…ということがあるじゃないですか。「この間のクリスマスにお腹が痛くなって病院に行ったら、入院してくださいと言われてレントゲンを見ると、なんと腸に影がある、でも原因がわからいない、どないなってんねん」と。先生の説明もようわからん。でもとりあえず病院から仕事に行ったんです。その後病院に帰ってきて1人部屋にして下さいって入院したんですけど、クリスマス・イヴだったので部屋がなくて、行ってみたら6人部屋、しかも真ん中のベッドだったんです(笑)。カーテン越しで隣の患者の声は聞こえるけど顔は見えない…不安やらなにやらで、3日間で6キロ痩せました。「うわ、クリスマスに最悪やん 笑 」という話で、これは笑いの神様が降りたかも…と思って、あとあとネタになるように覚えておいて、エピソードとして組み立ての流れを徐々に作っていったりと。人間の困っている姿は笑えるでしょ。本当に困っているのは笑えないけど、心地いい「困ってる」は笑える。そういのは、京大生はないでしょう?

みや:私はいっぱいあります!初めて友達とヨーロッパに行ったとき、イタリアで、広場で友達が絵葉書を買うのを待っていたら、上から鳩が糞をいっぱい落としてきたんです 笑 。そのときは本当に災難だと思ったのに、周りにイタリア人が全員腹を抱えて私を笑ってたんです。帰国してからも、真剣に災難の話として友達に話すんですけど、誰に話しても笑われるんです…

師匠:ああ、そのときの困っている姿をメリハリを目一杯つけて描写したら、いっぱい笑えるね 笑 。
おもしろい噺家さんがいてね、中学から灘中、灘高ときて、京大へ行ったのに落語家になったんです。「それはあかんやろ」と言っても、好きやからと言っていて聞かない人がいて。「人生の中で大失敗やろ」と思う。「俺があなたらなら違うことしてるわ」と言って説教したんです。でも彼はそれが夢だったらしいんですね。枝雀師匠の落語を聞いて落語いいなと思ったらしいんです。そのときに思いました。例えば震災のときに僕らがお金を集めて渡すよりは、違う役割があるやろと。お金がある人はお金、やれる人がやったらいい。だからお前の頭、何ができるかもっと考えようよ、と言っているんです。桂ふくまる君という男前の落語家なんですけどね。

伊藤:その方はいわゆる高学歴芸人なんでしょうか。

師匠:そうやねえ、今テレビに出てる高学歴芸人みたいに出たらいいと思うんやけど、あれはあれでキャラつけられたら広がらない。京大生には、ああいうキャラ付けの仕方はどう見えてるの?

ともこ:…自分は笑いを取りに行きたいのに、頭が言い値ねで終わってしまうからつらいんじゃないかと思う。

師匠:そやなあ、かわいそうやろ。

みや:それで問題を答えられなかったら叩かれるじゃないですか。京大生だから何でも答えられるわけでもないのに。

伊藤:高学歴芸人の場合だと、笑いと賢さがトレードオフになてしまってるところがあるかもしれませんよね。師匠、そもそも笑いと理論は両立するもんなんでしょうか。

師匠:うちの枝雀師匠は分析、つまり「分ける」のが好きだっただけで、厳密には理論じゃないと思う。たとえば春夏秋冬と同じで春の噺はこれで、と分けて、そこからまたオチはこれ…と分類して、奥へ奥へと行ったんです。

伊藤:枝雀師匠が落語の分類について書かれたような本が100冊くらいあったとして、そういうのを網羅的に読んだら人はおもしろくなれるんでしょうかね。

師匠:それはないと思う。枝雀分類も全国民に通ずるもんでもないと思うし。第一師匠自身が、退屈しのぎで書いていたようなところがあって、登場人物の似顔絵を描いてみて…ということもしてはった。師匠は「分ける」ことを楽しんでしてました。それで「お前らもこれはわかるか」と言っていた。でもそこは「わかりません」と言ってあげないと 笑 。

伊藤:最近では話は逆で、資格、ノウハウ、スキル、マニュアル…それこそ全国民に通じる普遍的な知識を身につけようみたいな自己啓発的な流れがあって、若い人はそっちに行こうとしているように思えるけど、そういう人の話はおもしろくなくなってしまうような気もするんですが。

師匠:うん、それは、便利になりすぎたということやと思う。昔に戻った方がいいのかもしれない。僕の場合SNSもするけど携帯はガラケーやし。電話番号ひとつとっても、昔は家の電話番号を聞くのが大変だったり親が出たりで…壁を乗り越えていかないといけないということがありましたね。それが必要なくなったという便利さはあると思うけど…。笑いにも知的な笑い、情的な笑いがあって、情的な笑いは何度聞いてもおもしろい。そういう情の笑いが生まれる場所がなくなっきてるのかもしれない。

■絡みにくい人に絡みに行け

伊藤:京大生は講義とか試験もIT使いこなしてやってる?

ゆか:私たちは勉強したくないから、レポート作成にコピペとかしてます。それで浮いた時間を、おしゃべりに使いたい。一番楽しいのは友達とのおしゃべりやから。

師匠:うん。ベタな、世間一般の京大生であろうがなんだろうが、一番楽しいときは友達とのおしゃべりだと思う。昔の男なんかホンマもう…ギッラギラしていたからね 笑 。今はそんなのはいないでしょ。

ともこ:ギラギラしてる方がいい!

みや:そう、なんでこっちの出方をうかがうのかと思う。

師匠:まわりにギラギラした男がいた方がいいと思いますよ。

伊藤:みんなは友達としゃべるとき、いっぱい勉強してきたことを話題の中に活かすのがいいのか、今日みたいに間合いを覚える方がいいのか、どっち?

ゆか:それは間合いを学びたいです。私たちは「京大女子」というキャラづけをされているから、人は自分におもしろい話を求めているのではなく知識を求めてくるところがあるんです。そういう状況で、敢えておもしろい話をして、相手が拾ってくれると新しいキャラになれる。そういう腕が欲しいです。

師匠:そこは今日みたいな場で磨けると思うよ。その場にいる人数分、それぞれに新しいキャラづけをしてくれるという役割が必ずいるし。

伊藤:師匠はさすがに、瞬間的なプロファイリングがすごいですね。

師匠:相手それぞれにあった突っ込み方があると思うんよね。みやちゃんには「まじめ!」と突っ込むとか。そういう突っ込み方はいろんなところで揉まれないと難しいと思う。「キミ40代になったらすごいオバハンになっていると思うで」とか。そういう意味では僕は人と絡むのが好きだからできるということもあるかも。「絡みにくい人間と絡む」のが好きなんですよね。絡みにくい人間の方が、行ってあげると向こうは喜ぶもんです。「絡みにくくて嫌いやけどなーこいつ」と思いながら行った方がいい 笑 。

田中:壁が高ければ高い方がいいということですね。

師匠:僕はその方が好きですわ。

田中:コンセントにフォークを差すようなもんですね。

師匠: 笑 差したら意外にピリピリけえへんな、ということもあるかもしらん。

ともこ:師匠は「この人とは本当にウマが合わない」ということはないんですか。

師匠:うーん、むしろ芸の世界ではなくて、一般の人でいっといた方が面白いなということがありますねえ。

田中:その嗅覚はどこからくるんですか。

師匠:人相、キャラクターというのは、「あ、今までに同じようなパターンのがあったな」というような過去、人生経験からわかってくるというのはありますやん。「この場合はこの人、絶対こう思っているやろうな」というのはある。だから今日初めて会ったみやさんに「まじめ!」ということで突っ込める。その「まじめ」がキャラなんです。まじめキャラは場に必要ですしね。

みや:確かに私は、まじめです。

師匠:弟子の中にもものすごいまじめで、あわてんぼうで、人の話を聞くか聞かないかで飛んでいってしまうのがいるんやけど。話を聞いてても落語家なのにオチがない 笑 。ただ「普通」というとかわいそうだから「まじめ!」というキャラを作ってあげているんです。

伊藤:みやさんは自分でも「私はまじめ」という認識はあるわけでしょ。それでも、「求められていないけど相手を笑わせたい」と思うことはあるの?

みや:私の場合は普通にしゃべってるのに、皆爆笑している…というのが多いんです、なぜか…

師匠:それがまじめやねん 笑 。

ゆか:それはおいしいで。笑わせようと思っている人は逆におもしろくないからね。

みや:自分がおもしろいとおもうところと、皆がおもしろいところがずれていると思う。

師匠:そういう人も必要やからね。

田中:師匠、そんな感じで言うと、ともこさんはどんな感じと思いますか。

師匠:ええとね…ぱっと見、女性らしいけど、男っぽい。ある意味自信を持っていそうで、持っていない。しっかりしているけど、突っ込まれて変なところで悩むこともあるというタイプやと。華やかさはあるよね。だから自信満々だけど、変なところで自信がない。心の整形が出来ていない…うん、キャラがそれぞれ違うからおもしろいね。

伊藤:ともこさんはどう、正しさとか賢さじゃなくて、おもしろくなりたいという欲求はあるの?

師匠:どういうおもしろさかというのもあるよね。

ともこ:私は場を盛り上げる人になりたいです!

伊藤:それ他の人でいいやん、とは思わないの。

ゆか:うちらは女子高育ちなんで、今まで女子だけで場をまわしていたのに、京大に入って今は男の子が場をまわそうとするんです。だけどそのまわし方がおもしろくないんです 笑 。だから「できないなら自分たちでしよ」と思うんです。

伊藤:まわりに場をまわせる男子はいない?

ゆか:いない。

師匠:ああ、お付き合いする異性も似た者同士はダメだと思う。みやちゃんはまじめだからまじめな人がいいかというと絶対に違う。まじめだけど、ちょっと不良っぽい方がいいと思う。

田中:彼女達にはどういう異性がいいんでしょうね。

師匠:ゆかちゃんには、おもしろくない男性がいい 笑 。

ゆか:ええっ。今の彼氏はおもしろいですよ。私よりおもしろいです 笑 。同じ大学で、尊敬してます。場をまわせないことはないし。しかも肉食系ですね 笑 。おもしろい人でネタ帳とかあるんでしょうか。師匠はどうですか?いろんな話が頭に入っているんですか?

師匠:ネタ帳というか忘れることがあるから、書いておきますね。たとえば落語に子どもが出てくるなら、子どものこと自分の子どもの頃の話を思い出して色々組み合わせて…どん!と行く。自分なりに作った話、経験を話して、人に聞いていただくわけです。色々頭に入れて、話してみておく。大阪市内、東京都内から離れた人は落語を生で聞くことはあまりないと思うんですよ。そうなると落語を聞くのが僕が初めてという人もいるかもしれない。だから「自分の感覚ではおもしろいな」という経験を与えないといけないと思う。また聞きに行こう、会いに行こうと思ってもらいたいんですよ。その場その場で真剣勝負、格闘技みたいなところがある。びっくりさせないといけないと思う。「まじめ」というテーマなら、いろいろ広がらせないといけないですから。

伊藤:話で人をひきつけるということでは、笑い以外にも経営者とか政治家みたいなところで目立ってる人も出てきてますよね。

ともこ:話のうまい政治家だと「どこまで本気なのかな」と思ってしまいます。

ゆか:そういう人は賢すぎるんじゃないかなあ。普通の人はもう少し、等身大でしか話せないと思う。

みや:私はちょっとアンチに回ってしまいます。話がうますぎると「この人は自分に有利な環境をつくろうとしてるな」と思ってしまう。

師匠:弁護士出身の経営者とか政治家になってくると、「催眠術」のかけ方がうまいんですよ。弁護士的な切り口とか、逃げ方がありますよね。その延長でやっているような感じ。それと、現実の問題をどう片付けるかはまたちょっと別の次元の話で。場合によっては片付けないままフェイドアウトしていくということもあるかもしらんね。

伊藤:ここにいる京大生はまあ学歴が高くて、このままいわゆるスキルとかキャリアを積んでいけば、論理的で明晰な話を社会に発信する立場に立つようになる人も出てくるかもしれませんよね。一方で自分としてはそういう人は信用できないと言うわけですが、そうならないようにするためには、受験勉強とか仕事以外にどんな道があるんでしょうか。

師匠:根本的には人に興味があるとか、人に絡む、というところがスタートだと思います。例えば選挙に出ることになって街灯で握手をしても、「で、今握手してるこの人誰やねん」という状況なわけでしょ 笑 。そのときにはもう一般人には興味がなくなってしまってるわけです。今後、皆さんにも男だけじゃなくて、上司や後輩が出来てくる。その中に好き嫌いがあるのはしょうがない。大人だから言わないと思うけど、絶対に「嫌いやわ」と言っている。残念ながら、人は表向きには「いいこと」は言わないというのが世の常なんです。「いいこと」がまわってくるのは時間がかかるんです。例えば、あるお金持ちの人が殺害された、というニュースがあったとしましょう。そういうとき世間の反応は、ああ気の毒だな、お金をもつと狙われてたりするんやな、でも何も殺されなくても、という感情が先立つのが普通だと思うんです。それが、いつのまにかその故人の、生前の一見変わった習慣やら何やらが、「よくない話」として回り始めるんですよね。いや、そういう枝葉の話よりね、まず人が亡くなってるんですよ?そこでしょ?と。人の良くない話からまわりはじめる、それが「蜜の味」ということやと思う。電波は怖いなと。

■「ただただ、おもしろいだけやないか」と言われたい

伊藤:師匠は電波、テレビに出るほうでもあるわけですが、最近はどう見てますか。

師匠:テレビが全くおもしろくないね。正月も全然おもしろくなかったなあ。入院しているときも全然おもしろくなかった。テレビ界に職人がいなくなってきてるんです。

みや:私は今テレビは見ている。おもしろいドラマは見てますよ。毎回「とんび」を見て号泣してるんです 笑 。TBS系で毎週やってます。お正月明けから始まってこないだ最終回で。

伊藤:バラエティは?

みや:嵐が好きなので全部録画してます 笑 。

ゆか:私、テレビの中の男は好きじゃないです。現実の男の方が好き。

ともこ:私は海外系が好き。「世界行ってみたらホントはこんなとこだった」というのが好きなんです。自分が行っている感じになるのがいいなと思う。

師匠:僕はねえ、安上がりはもういいと思ってます。あと見せ方の問題もあるね。「ひな壇」も、もういいでしょ。

伊藤:ただBSはむちゃくちゃおもしろい番組をやってません?。

師匠:ああそうや。4月13日スタート、毎週土曜日昼1時から、桂雀々のBSお宝という番組を始めます。東京に移住してからのたたき上げ番組としてね。色々な人の話を聞きに出かけて、「今日の話は大判小判をいただきました」と元気になれる番組です。特番で落語も入れていきますよ。音楽を魅せるのがマイケル・ジャクソン。落語を魅せる桂雀々。くらいの意気込みで 笑 。

伊藤:やっぱり落語も見せていきたいですよねえ。僕は、落語というのは見る者にとって、他の表現にはない独特の満足感があると思うんです。見る人間の想像力を求めてくるところがある。例えば30分位の噺の中で10人位出てくるけど、全部一枚の座布団の上で演じるわけじゃないですか。これは集中して見続けないと途中でわからなくなるんです。想像力を働かして10人の顔やら出で立ちやらを頭の中に描きながら30分集中して見る…そうするとオチの後に、自分にも何か「働いたな」というような達成感がある。

師匠:そうそう!映画は画面が変わるけど、落語は変わらないからね。そう考えると話術というのは、ほとんど「催眠術」ですね。頭の中で「へえ、そうなるの」と思いながら引き込まれて聞いていると、「あれ?もう終わったの」となる。それから落語家は数多いますけど、一度聞いた噺でももう一回聞きたい、と思えるのは多くないです。やっぱりそこのところは経験が物を言いますな。あとは自分の魂をどんだけぶつけるかということです。

伊藤:師匠の渾身の高座のあとに、観てた人から言われて嬉しい言葉とか、逆に落ち込む言葉ってどんなものですか。

師匠:うん!それはある。たとえば「わかりやすかったです」というのは全然嬉しくない。まあでもね、人によりますやん。同じ言葉でも、誰に言われるかで違うねえ。いつぞや新聞記者の人に言われてすごく嬉しかったのは、「ただただ、おもしろいだけやん」という言葉です。それは嬉しかった!「何を求めてるねん、俺の話から 笑 」と思いました。それで嬉しんです。他に何が要ります?「深み」とか「巧さ」とか「貫禄」とか「円熟」とか……そんなんはいらんいらん!「ただただ、おもしろいだけやった」というのが最高やね。

伊藤:「だけ」というのが最大限の賛辞ですね。

師匠:ほんまですわ、言葉っておもしろいねえ。その2時間でばちっ!と世界を作ってね、引き入れるんです。僕らはね、申し訳ないけど、詐欺師みたいなもんです 笑 。「あれ?もう2時間過ぎたん?」て言われたらいいんです。子どもの頃にたとえば、かわいい子に「かわいいね」と言うのは相手も慣れているわけで、普通変化が欲しいですよね。ただね、気の利いた言葉って言うのは難しいんです。だから「おもしろいだけ」というのでいいじゃないか、と思うんです。僕自身は気のきいた突っ込みは好きですけどね。それをするのは今田耕司君。あれはうまい!東野幸治君と今田君、どっちも好き!突っ込みは気が利かないとなあ、と思います。あいつらは職人ですわ、つっこみで笑いを取る。

伊藤:今田さんの突っ込みってM1グランプリの司会で絶妙な突っ込みしていたのを観ると、愛にあふれていると思います。あれは愛がないとできないですね。

師匠:うんうんお酒も飲んでね…うん…(編集部注:と、みやさんを指して)こまじめさんは今日はまじめに語っていたよね。今日はどうやった?

みや:はい、まじめだったと思います 笑 。

伊藤:あだ名が「こまじめさん」って師匠、「ノックは無用!」のゲスト紹介じゃないんですから 笑 。

師匠:懐かしいな~ 笑 。僕あの番組、最後の二年くらい司会やってたんよ 笑 。

(以降しばらく、出席メンバー間で下ネタを絡めたボケとツッコミのやりとりが続く)

■自分の落語世界に同化して、そのまま死ぬ

伊藤:…ええとアホな話が続きましたが。関東の人はなかなかこういう即興セッション的な話ができないところがあるかもしれませんね。

ともこ:それはわかる気がする。あらかじめネタとして完成させておく人みたいな。関西弁やと即興がやりやすいような。

師匠:僕は関西の言葉を隠さないで洗脳してやりたいね。

伊藤:そういえば師匠は今日「催眠術」と言葉を何度も使っておられますね。催眠術と落語。

師匠:うん、その場の空気でわかりやすいとか、良いものを見せてやろうと催眠術をかけれるのが好きなんです。芸を観に行くというのはある種、催眠術にかかりに行っているようなものだと思います。現世から違うところに入っていくような…そういう催眠術だと思う。「あの時間だけは楽しかったなあ」というような。

伊藤:確かに、マクラから落語の本編にスッと入る瞬間というのが僕は好きなんですが。現代のマクラの話をして、急に幕末にフェードインするような感覚。

師匠:そのへんが上手にできるようになるには20年位かかるかなあ。年齢もあります。落語家は60からスタートと言われますしね。人生経験やと思う。そういうスタイルはつくろうと思ってできあがるものではない。文字に書いて説明はできないんです。一代限りのものなので。例えば噺の中で誰かを呼ぶときに、何人か登場人物がいて声の調子を変えるときにキャラクター付けをする…それが僕は好きなんですよ。3人できたら10人演じ分けられると言われてますけどね。(編集部注:と、ふと目線を壁に向けて)おう、しょうちゃん(と、ともさんの彼氏の名前を呼ぶ)

ゆか:うわっ、本当にそこにいるみたいに見てる目線が怖い 笑 。

伊藤:催眠術にかかってしまうわ。

師匠:こんなんしてると自分一人でも退屈しませんよ 笑 。僕はね、落語の中に出てくる年寄りの登場人物みたいな人間に、現実になりたいんです。普段から自分が落語の中に同居しているような。それが究極のあこがれですなあ。