タイトル
映像のS,M,L,XL

わたしたちの生活は映像にかこまれている。

枕元のスマホのアラームを切って、テレビをつけてニュースを見る。
駅の電光掲示板で到着時刻を確かめ、車内ではタブレットで新聞。
車内ディスプレイで次が降りる駅だと気づく。
会社ではPCをにらめつづけ、
スマートフォンにはひっきりなしにLINEと電話の繰り返し。
昼食時に友だちに映画の予告をYouTubeで見せ、その場でスマホからチケットを取る。
帰宅後は録画番組を流し見ながら夕食。
huluで途中まで見た映画を見ながら、眠りへ。

1964年にマーシャル・マクルーハンはメディアについて、
――さらに言えば全ての人工物について――
現代も世界で重用されている、ある理論を展開した。
「あらゆるメディアは、人間の身体の拡張に他ならない」と。

とするならば、エントロピーに増大の法則が当てはまるように、
メディアの進化は止まることなく、また不可逆的である。

人間の拡張に対する欲求は、映像メディアを
これから、どのような進化に導くだろうか。

日本で米国の最新テレビドラマが視聴でき、
手のひらより小さなデバイスで、昨晩PCで観た映画の続きが観られる。
あらゆる技術が凄まじいスピードで進化し、
日本ではテレビのカラー放送が始まって4年の1964年とは、
大いに異なる風景が広がっている。

わたしたちは映像に日々触れている。
それらを網羅的に分類してみた。
映像に対する行動【撮る-保存する-編集する-観る-買う-共有する】
そして映像のサイズ【S:3cm-M:30cm-L:3m-XL:30m】

テレビ、デジタルビデオレコーダー、ゲーム機、タブレット、iTunes、クラウド技術、ハイビジョン。
これらの枝葉が、これからどのように伸びるのか。
そもそも、この枝葉が今、どのように繁っているのか。

マクルーハンのメディア論はその本質を的確にグリップしているかもしれない。
しかし、本質の周囲にある実例。
実例はもはや、人智を超えて拡がっている。

もう一度マクルーハンの描いた本質に出会おう。
現代で。