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ビジネススクールがカンヌにやってきた!
著者 / 話者

カンヌライオンズ国際クリエイティブ祭(以下カンヌ)は、時代の流れに合わせて毎年少しずつその形を変容させている。特にこの10年の進化は目覚しい。2000年前後まではカンヌといえば広告作品コンテストの授賞式であり、参加者はコンテストへの出品者であるクリエイティブ職=広告制作に携わる人たちばかりであった。
しかし50周年を迎えた2003年頃を境に、同会場で開催されるセミナーが急速に充実し始める。年を追うごとにスピーカーは多様化し、広告業界のトップばかりではなく、広告主やテクノロジー系企業はもちろん、セレブリティや元大統領まで登壇するようになった。最近ではセミナー受講をメインの目的とする参加者も少なくないという。
今やカンヌはクリエイティブ業界の老若男女にとっての刺激あふれる“夏期講習”の場となっているのだ。

そのカンヌが60周年を迎えた本年、北米が誇るトップビジネススクール(経営大学院)のうちの2校がセミナーを設けることになった。実践的な教育方針でビジネスリーダー育成に定評のあるハーバード・ビジネス・スクール(以下ハーバード)と、自らを“アカデミズムと実務の架け橋”と称するペンシルバニア大学ウォートン校(以下ウォートン)。この2校が競い合うように、それぞれカンヌで初となるセミナーを開くとなれば注目しないわけにはいかない。
ビジネス界において賢さや明快さの象徴ともいえようMBAが、曖昧さを愛し魔法に憧れるクリエイティブ業界に、一体どのような講義を繰り広げてくれようというのか。
そして、超一流経営大学院の看板を背負ったまま、わざわざ南仏にまで足を運び、叡智の教授がチャレンジする意義は一体どこにあるのだろうか?

Harvard Business School
ハーバード・ビジネス・スクール

まず先手はハーバード。カンヌが終盤に差し掛かる木曜日に“Viral Advertising via Ad Symbiosis(共益型のバイラル広告)”というタイトルの講義を行った。スピーカーはマーケティングユニットのタレス・ティシェイラ助教。200人ほどの(カンヌでは比較的)小会場を見渡すと、やや若い聴衆が多い印象。北米から遥々やってきたプレゼンターに対する素直な期待と、「ハーバードがなんぼのもんじゃ?」という好奇の目とが入り混じる中、ティシェイラ劇場はその幕を開けた。

軽いアメリカンジョークで場を和ませた後、ティシェイラはバイラル広告についての長年の問題意識を突きつけた。「2年半ほど前に、バイラル広告に関する文献・書籍を見渡してみた際に違和感を覚えた。多くの人々が誤った見解を持ち、誤った見解に基づいて制作された広告動画が溢れ始めていた。これは何かしらの手を打つべきだと思い、研究に着手した」そうだ。
具体的には、多岐に渡るカテゴリーの広告動画173篇を2,000人のユーザーにのべ7,000回視聴させた調査を実施。アイトラッキング(画像による視線抽出)、フェイストラッキング(表情による感情の把握)などの手法を駆使した様々な分析の結果、成功するバイラル広告について一定の法則を見出したようだ。
バイラル広告の成功には共益性が伴われている必要があり、Attract関心喚起、Retain離脱防止、Trigger Sharing拡散、Persuade説得の各ステップでそれぞれ守るべきルールがあるという。その内容を要約すると以下の通り。

■Attract関心喚起
ユーモアは有効だが、大きく2種類のユーモア(Pure HumorとShocking Humor)が存在し、バイラル効果が高いのはPure Humorであることを紹介。サプライズ要素の強いShocking Humorはビュー(視聴回数)が増えるがシェア(共有)は伸び悩む傾向にあり、「evianのRoller Skating Babiesや今年のDumb Ways to Dieのように、誰もが口角を上げ、白い歯をこぼすような笑顔になる作品が最も好ましい」と付け加えた。

■Retain離脱防止
ブランドロゴがドンと露出されるカットは視聴離脱※を加速させる。多くの広告動画においてロゴ露出のタイミングで固まった離脱が起こってしまっている様子をグラフで示した。対策として、彼がBrand Pulsingと呼ぶ、広告動画内のストーリーの流れに自然に馴染ませるようにブランドを登場させる表現手法を推奨し、数年前のコカコーラの名作Hapiness Factoryには90秒間のうちに23回もBrand Pulsingされていることに触れた。

※離脱が起こってしまう根拠については、これみよがしにロゴが現れると視聴者が無意識のうちに「説得されたくない」と拒否反応を起こし、無関心に繋がるのだろうと補足した。

■Trigger Sharing拡散誘発
人々が拡散を起こす理由は、利他的なものではなく自己顕示欲(Self-interest)に基づくものだという。
自己顕示的な拡散は、利他的なそれの2倍の拡がりを見せたらしく、自己顕示欲の強い(self-interested)ターゲットへのアプローチの重要性が強調された。
バイラル効果を加速させたければ、人々の自己顕示欲と仲良く付き合わなくてはならない。

ここでティシェイラは、適切な自己顕示欲(self-interested)と利己性・利己主義(selfish)の違いについて丁寧に解説した。「たとえば私が今、カンヌで自らの研究内容を発表しているのは、自分の成果を世に出したいとか、反応を伺いさらに研鑽を積みたいなどという自己顕示欲(self-interest)のあらわれであり、皆さんにただ知恵を授けたいという利他的・献身的な動機が強いわけでもなければ、もちろん利己的な理由であるはずもない。とにかく利己的という言葉は使わないように心掛けているんだ」とのことだ。

■Persuade
購買を促す広告動画は、エンタメ性を中程度に保ち(エンタメ性が一定水準を超えると、購買喚起に繋がりにくくなるという結果が出たそう)、またオチより先に自己紹介を済ませる順序を守ること。オチの後に出す企業名やブランドは興味を示されにくく、有効でない。

以上、すっきり整理されたチャートやグラフで紹介される分析結果は分かりやすく、確かなエビデンスに基づいたロジックも納得性が高い。効果的に事例が散りばめられたことで理解が進み、結論が細かいHow Toにまで落とし込まれている為、実践的な印象も強い。結果的にはカンヌで行われた数々のセミナーの中でも、最も理解しやすい(Comprehensiveな)セミナーの一つとなった。私が広告主のマーケ本部長や広告宣伝部長であったとして、このレポートを受けたとしたら、部下に向かって「明日からこの通りにやれ」と言い放ってしまうだろう。これぞ“ハーバード品質”といったところか。

しかし、目から鱗の発見・示唆があったわけでもなければ、とても太刀打ちできない天才的な研究/分析アプローチが取られていた印象も得られなかった。世界最高峰の頭脳が、バイラル広告という扱いづらい生物(ナマモノ)をどのように料理するのだろう、とこの日を心待ちにしていた者としては、いささか拍子抜けに終わってしまった印象も残った。

Wharton School, University of Pennsylvania
ペンシルバニア大学ウォートン校

続いて後手のウォートン。セミナータイトルは“Co-creating Advertising 2020(2020年の広告を共につくりあげよう)”と、何とも壮大。かの名門ウォートンが、さまざまな企業のトップや、マーケティング関連の専門家(教授・著者)、クリエイティブ業界のキーマンたちなど計200人以上と一緒に広告の未来を占うプロジェクトを進めたのだという。今回のセミナーではその成果であるキーファインディングスを紹介する、とのこと。しかもスピーカーは、ウォートンのエグゼクティブ向けMBAプログラムの創設者であり、「10人のマーケティングレジェンド」のうちの1人に選ばれたジェリー・ウインド名誉教授だという。これは期待せずにはいられない!

…と思っていた私はどうやらカンヌでは少数派であったようで、当日用意された1,000人は入るであろう大会場には空席が目立った。ウォートンとウインドの名誉のために言えば、長かった一週間の最終日であり、しかも土曜日の昼という決して魅力的ではないコマであったことが不利に働いた影響もあるだろう。導入を務めたWharton Future Advertising Programのディレクター キャサリン・ヘイズも、場を温めるのに一苦労といった様子だった。

その会場の雰囲気が悪い影響を及ぼしたわけではないだろうが、ここでウインドとヘイズから紹介されたセミナーの内容自体も、残念ながら、会場の外を照らす日差しや目の前に広がるビーチに勝るほど刺激的なものであったとは言い難かった。
やはり「2020年を占う」というテーマがあまりに茫洋とし過ぎてしまったのだろうか? 映画「マイノリティ・リポート」のような話が次々飛び出してくるのではないか、とまで膨らんでしまっていた期待を急速に畳みながら、ウインドによって一枚一枚丁寧に説明されながら捲られていくパワーポイントスライドに目を向けると、極めて教科書的にまとまった(「正しいけどやや面白みに欠ける?」)10個のキーワードが紹介された。

A: All Touch Points Orchestration(全タッチポイントの統合)
G: Glocal(グローカル:グローバル戦略とローカルアダプテーション)
I: Insights and Privacy through Big Data(ビッグデータの分析とプライバシー)
L: Live Newsroom Model(”生中継のニュース編集室”モデル)
E: Extended (Opened) Innovation(オープン・イノベーション)
C: Context(文脈形成の重要性)
H: Human Emotion and Story(感情と物語)
O: On Demand(オンデマンド)
P: Prioritize Adaptive Experimentation(試行錯誤による施策の優先順位づけ)
S: Social Impact(社会的インパクト)

それぞれのキーワードについて3~、4分ずつ、現場キーマンたちの発言の引用に、時々具体事例を交ぜながら、講義然とした時間は淡々と過ぎていった。最後にウインドは「10個全てを網羅しようとするよりも、特に関心の深い1つ、2つについて、ぜひ明日からでも実験を始めてみてください」と実践の重要性を唱えた。その締めくくりにも、「この上なく正論」という印象のみが残った。

とはいえ皆様、誤解のなきよう。私の期待値が高過ぎたあまり、見る目が若干厳しくなってしまったが、ここで紹介された情報が無価値なものであったかといえば、決してそんなことはない。たとえば今、この瞬間に「広告業界が直面する重要テーマを述べよ」とクイズ形式で問われ即答を求められたとしたら、私は迷わず前述の10個を引用させて頂くだろう。広告の未来を占うホットトピックスが見事に網羅されていると言える。A.G.I.L.E. C.H.O.P.S.(しなやかな技術)と頭文字を並べた若干強引な語呂合わせも、覚えておいて損はないかもしれない。

以上。ハーバードとウォートン、それぞれの初カンヌは終わった。前者は個人的な興味・問題意識に突き動かされた助教による実務的な1コマを提供し、後者は力の入った座組みと文句をつけようがない結論で、最新のマーケティング潮流をまとめ上げた。それぞれに「さすが」と思わせる部分はあったが、期待を超えるような衝撃はなかった。

カンヌから両校に声が掛かったのは、クリエイティブ業界が新しいビジネスモデルを模索し始めているからであろう。極めて秀でたビジネスモデルである「広告モデル」は、かつて多くの利益を広告業界にもたらした。しかし広告業界で花開いたクリエイティブな才能たちは、広告モデルばかりが全てではないことに気づき、今まさに脱却の方法を模索し始めている。カンヌ側には、MBAのトップスクールからビジネスに関するノウハウを体得したい、あるいはそのエッセンスを掴み取りたい、というモチベーションがある。

その期待の大きさに比べ、ハーバードやウォートンが本気でカンヌをインスパイアしようとしていたかといえば正直疑わしい。
たとえば、もしハーバードがこれからのクリエイティブ産業におけるニュービジネスモデルについて指針を示すようなケーススタディを披露してくれていたら。あるいは、もしウォートンが新しいエージェンシーの組織マネジメントモデルやファイナンスモデルに提言を残してくれていたら。
MBAのトップスクールを本気にさせることができれば、カンヌはますます熱い、学びと触発の場へと進化を遂げられていたのではないか?

カンヌはまだまだ進化できる。その進化の方向性の一つは「ビジネス・クリエイティビティ」領域に他ならない。クリエイティブ業界が誇るアイデアの力やクリエイティブ技術を、新しいビジネスづくりに生かせないか? そう考えた時に、カンヌがMBAとの距離を詰めようとする動きには未来を感じる。
2校のセミナーはその第一歩目に過ぎない。今回のスピーカーたちにはフロンティアとして敬意を表しつつ、来年以降のパワーアップに期待したい。今年の初上陸が、「来年こそはクリエイティブ業界をインスパイアしてみせよう」とMBAのトップスクールが本腰を入れてカンヌに取り組み始めるキッカケになることを切に願う。