タイトル
もう僕の受信トレイは満杯だ。
著者 / 話者
ニック・ロー

INTERVIEW

*Nick Law,
*ニック・ロー[Global Chief Creative Officer, R/GA], アメリカ

My Inbox is Really Full.

もう僕の受信トレイは満杯だ。

It’s the “Quantified Self” that decides the quality of information.

”定量化される個人”が情報の質を決める

*2:15PM, June 21st, 2013 Friday, Sunny
*Cannes, France

本気で日差しが痛い。向かっている五つ星ホテルはカンヌライオンズ会場のすぐ斜め向かいなのにも関わらず、ここ何日も朝から晩まで会場内の冷気に当たっていた肌には南仏の日差しは刺激的すぎる。

ニック・ロー。これから彼に取材だ。ニックの秘書とのやり取りをしてくれているオダカが、さっきからずっと隣でニックはイケメンだ、イケメンだ、そう思いません?とうるさい。

会場と違って、圧倒的に時間がゆっくりと流れているカフェの静かな一角に場所をとり、アート・ディレクターのモリさんと機材準備を始める。その間、隣をCreative Effectiveness部門の記者発表直後に話をしてくれた審査員の一人、コカ・コーラ社のジョナサン・ミィルデンホール副社長や世界最大の広告会社ネットワークであるWPP Group(*)のトップ、マーティン・ソレル卿が左右にチラッと目をやりながら通り過ぎる。審査員長クラスや企業の重鎮が泊まる、カンヌ一といわれるホテルだけある。

さかのぼること二日前の水曜日、ニックは“The Next Creative Revolution(次なるクリエイティブ革命)”というタイトルのセミナー最後で興味深い話をした。そのことについて今日はもう少し聞いてみたいのだ。今、そのイケメンをロビーで待つオダカのやりとりのおかげで、今日少し時間をもらうことができた。(*)2013年6月取材当時

From Content Creation to Content Curation

そのセミナーでニックが話していたことについて少しだけ触れておこう。

メディアから溢れだす情報量は、既に人間の処理能力を超えている。ニックはこの情報洪水を日々ふくれあがるメールの受信ボックスを例えに、“My inbox is full”と語った。それは単に半端ないメールの量以上に、「了承してください」、「参加しましょう」という形でこちらのアクションを執拗に求めてくるという内容の濃さも含めてだ。

だからこそ、「誰もがコンテンツ・クリエイションが必要だという話をしているが、それ以上に情報編纂の役割を担うコンテンツ・キュレーションが必要」だと彼は言っていた。

正直、新しい話ではない。人工知能的機能を持つウェブ上での「エージェント」が、生活者にとって最適な情報を本人に変わって編纂してくれるようになる、といった話はもう何年も前から話されている。

ただ、気になったのはこの次だ。「キュレーション」の役割を誰が負うのか、ということだ。エージェント的存在は、生活者の視点を意識しつつも、送り出す情報をコントロールするという意味で
は企業や情報開発者側が主体である。しかし、彼が用いたのはQuantified Self(定量化される個人)という、生活者を主語にする言葉だった。

WikipediaでこのQuantified Selfを調べてみると、2007年頃にWIRED Magazineの編集者らが「自らに関する情報をトラッキングすることによって、自分に関する知識を深めることを目的にユーザーとツール開発者がコラボレーションすること」といったような説明がある。分かるようで、よく分からない。

ニックだ。でかい。ここ数年で胸板がガッツリ厚くなってきている。鍛えているのだろう。

The Art-and-Science Daruma Doll

まずはお土産のダルマだ。編集部から託された。

“Let me explain. A Daruma Doll is…”と日本語では、まずしたことのない説明を英語で行った後、ダルマをクルッと回し、後ろに特注で入っているWhere Art and Science Fall in Love.というキャッチを彼に見せた。笑顔をつくりつつも、それまで(なんじゃ、これは!?)と明らかに目の前の物体をいぶかしがる様子が瞳に見え隠れしていたニックの表情が、突然変わった。

「恋する芸術と科学、というのが雑誌のコンセプトなんだね。いいね。いや、素晴らしい。いつも言っていることなんだけど、僕自身、サイエンスに夢中なんだ。本当に嬉しいよ」

ようやく、ダルマにニックの手が伸びた。

「この特注のダルマ、見たことないからみんな反応がいいのよ~」とイチキ編集長の嬉しそうに笑う顔が思い浮かぶ。

では本題。

Data in the Hands of Consumers: Quantified Self

主語に生活者が据えられるQuantified Self(定量化される個人)とは何か、なぜ今注目するのか、ストレートに尋ねてみた。

ニックはしゃべりだすと止まらないたちのようだ。一通りしゃべり終わった後に「これで本が書けそうだね(笑)」と自分で言ってしまうぐらい一気に話してくれたので、丸々彼の言葉を引用しよう。

「データというのは、従来は企業が消費者を理解するために使われてきたものだけど、この分野でも「民主化」が進んでいる。コンピューターも元々大企業の中だけで使われるものだったのが、安価なパソコンの登場で多くの人たちが手にすることができるようになった。それと同じことがデータ利用の世界でも起きている。データは企業が消費者の購買行動を把握するためにある、というような考え方は覆されようとしている。

これまでは、グーグルでの検索行動によって人々の消費志向が推測され、広告活動に活用されているけれど、今や消費者自身がデータを使って、他でもない自分のことを知ろうとしている。消費者がデータを自ら管理できるようになれば、自分が何を買えばいいのか、どんなブランドが自分に向いているのか、分かってしまうようになる。Quantified Selfは、まさに個人データの生成量が急速に増えている今を象徴する言葉だ。

例えば、一昨日のセミナーでも話した、自分の家系をたどっていくことができるancestry.comでは、自分の先祖の遺伝子情報までも得ることができる。つまり、健康医療分野などで役に立つ、いわゆる僕だけの、僕のための情報だ。

あるいは、調味料メーカーMcCormickのFlavorPrint.com(http://www.mccormick.com/FlavorPrint)は、「材料」や「メニュー」から料理のレシピ検索をするのではなく、一人ひとりの味覚にぴったりと合ったレシピを検索できる。

最初にインプットされた個人の味覚の傾向値は、33の基本フレーバーに分類される。少ないと思うかもしれないが、組み合わせによって何百万ものレシピができあがるんだ。味覚は立体的に分析され、生成された個々人のFlaverPrintは直感的に理解できるよう、ビジュアル化される。利用するほどに、学習効果によってメニューのマッチングの精度があがり、それまで思ってもみなかった新しい、且つ自分の味覚を満足させる味覚レシピと出会えるんだ。これはビッグデータではない。新たなパーソナルデータのあり方だ。

このように消費者の好みや行動についてのデータが買い手と売り手の間で頻繁にやりとりされるようになると、これはもう広告活動プロセスではなくて、研究開発プロセスの一貫となってくる。

確かにデータ開示の是非については意見も分かれてくる。僕の興味関心に基づくデータに加えて、僕の行動記録、僕の健康情報、僕のDNA、それらがすべてデータ化されうるわけだからね。20年後には、自分の遺伝子傾向によって薬の向き不向きが判断されるようになってしまうだろうし、遺伝子的には、これはやってもいいけど、これはやってはいけない、というような倫理上の問題が今以上に深刻なものになるだろう。

それでも、企業が適当に見当をつけて僕に対して情報攻撃をしかけてくるより、僕自身は、本当に自分にとって有益な情報を自分で決定し、手に入れたいと思っている。」

Be at the Intersection

最初はキンキンに冷えていたエビアンのボトルも、だいぶ五つ星ホテルの気温にも雰囲気にもとけこんできた。モリさんは静かに、よく動きながらニックを狙って、シャッターを切っている。

ニックが働くR/GAは“The Agency for the Digital Age”という企業キャッチをもつ。カンヌライオンズが数年前にその名前からAdvertisingを取り、Festival of Creativityとしたように、R/GAも自らのアイデンティティーからAdvertisingという要素を取って、今の企業キャッチに落ち着いた。

そこでは例えば、人間の体の動きのすべて運動と捉え、数値化しデジタルで管理するNike FuelBandという商品であり、ソフトであり、プラットフォームなるものを創っていたりする。

そこで、彼は一体今何を一番やりたいのか聞いてみた。忘れているようなら、また言おう。ニックはしゃべりだすと止まらない。

「僕がやりたいのは商品、ソフト、プラットフォーム、メッセージづくり、メディアといった世の中を動かしうるあらゆる要素のIntersection(交わるところ)にいることだ。そして横断的に世の中に対して働きかけることだ。

僕らの生活で、20年前に比べて最も大きく変わったのは、全てがつながっている、ということ。クライアントに説明するのが難しいのが、「つながった世界」における微妙なメディア体験についてなんだ。買い物をして、ビデオを見て、そしてあらゆる体験が、一続きに連なっているようなメディア体験。一方、企業活動といえば、生活者のこうしたメディア体験に対して、硬直的にしか対応できていない。僕が面白いと思うのは、あらゆる物事がどんな風に手をとりあってつながっているのか、ということであって、我々の仕事は、こうしたオーディエンスのことについて思いを巡らすことなんだ。だから、今の時代こそ、すべてのIntersectionにいたいと思う。

今の時代、狭義の意味での広告だけを考えていても、その効率も効果も大きいとは言いにくい。僕らはコミュニケーション全般、サービス、プロダクト、ソフトウェア、それら全てを扱っている。クライアントの投資効果を最適化できるよう、全ての手段をミックスしていくんだ。

クライアントには一度頭をリセットして、自分たちのビジネスを成長させるためのメディアの使い方を考えてほしい。そのためには、CEOの理解が大事だし、CMOとCIO、そして社内のイノベーションに関わる全ての人間の連携が必要だ。企業内においても「横断的」であることが求められるということだ。でも、しばらくは、企業は、マーケットの後を追いかけていくということになると思うけどね。

もはや、僕らは広告制作会社ではないし、そもそも「エージェンシー」というコンセプトにも疑問をもちつつある。僕らがやろうとしている仕事には、伝統的な意味でのエージェンシーという言葉はそぐわない。ビジネスのシステム全体が分かっていなければ、システムの中に何を組み込んでいけばよいのか、システムを機能させるためには、全てのパーツをどう組み合わせていけばいいのか、理解困難、全くお手上げになってしまう。昔のエージェンシーのやり方はシンプルで、一方的なマニフェストのようなものを決まったテンプレートに放り込んでおけばよかった。現在は、テクノロジーの進化が著しく、自分たち自身がテクノロジーを開発することだってできる。

現在の状況とは、全てが断片化しながらも、それでいて断片がつながりあっているということで、その状況を表現するには「システム」という言葉しかないだろう。手段が足し算的に集まっているというのではなくて、行動の連なりが集積しているというイメージだ。そこにはシステム的世界特有のフィードバック現象が起きる。ある瞬間と次の瞬間との関係、ある場所と次の場所との関係が相互に共鳴しあう。だから、次から次へと起こる変化を理解することなしには、次なるものを創りだせないんだ。

こうした新しい環境において、R/GAはストーリー・テリングとシステムデザインの両方でのクリエイティブ・リーダーとなっていきたい。素晴らしいストーリーを作り、しかも一度作られたストーリーを刻々と変化するシステム状況に合わせて変化させていく、それが僕らのチームなんだ。

ストーリー・テリングには感性が重要で、システムデザインはロジカルな思考が大事だと思われているようだけど、それは全くの誤解だ。ストーリー・テリング、システムデザイン、その両方共にアートが必要なんだ。マーク・ザッカーバーグはアーティストだと言っていい。プログラムが書けない人間には、彼がアーティストだとは分からないかもしれないけどね」

帰国してから、FlavorPrintを試してみた。アメリカのサイトだけあって、味覚チェックのアイテムが面白い。いきなり最初がRaisin Bran Muffin(レーズン入り小麦ふすまマフィン)だった。確かにやればやるほど、私のことが分かってくるようだ。「Easy」や「お鍋一つで」という言葉で始まるレシピが多いのは、ならば、気のせいではないということだろう。

オダカ、分かった。イケメンかどうかは君に任せるが、確かにニックはイカした男だ。イカメンということでどうだろう。