タイトル
「音と映像」すぎやまこういちインタビュー

音のチカラ

新しいドラクエは全部映像もフルアニメで、動きが滑らかですが、初期の頃はフルアニメじゃなかったでしょう。動きがカクカクしている。無音だとカクカクなんですが、音楽があることによって滑らかな自然な動きに感じてしまう。音楽にはそういう力があると思いますね。もし、フルアニメじゃない当時のもので音楽を抜いたらかなり惨憺たるものでしょう。例えば、ゲームの中で大きな帆船に乗って大海原をダーッと行く。あの絵だけですと大海原をあんまり感じない。音楽がドーンと付くことによって、これが大海原に感じる。音楽はイマジネーションを相当補完するのではないかと思います。

音楽は心のタイムマシーン

音楽が記憶をとどめたり、音楽に触れたりするときに、情景を想起させるというように、音楽にはいろんな力があると思います。僕は、「音楽は心のタイムマシーンです」という言い方をしています。音楽を聴くことによって、その音楽に初めて触れたとき、音楽で何かを感じたとき、そのときの気持ちに、それが10年前であろうと20年前であろうと一瞬にしてパーンとその人をその時の気持や情景に送り込むことができる。心をそこへパーンと持っていっちゃうんですね。

ひとことファンファーレ

レベルアップなどは、非常に単純にうれしいなぁ~というひとこと音。長~い何か幸せとかいう音楽じゃなくてね。「うれしいなぁ~」と一言で言うのは、やっぱりファンファーレでしょう。だからといって、大げさなファンファーレじゃなくて、ひとことファンファーレ。宿屋に泊まるというときには、「ホッとしたぁ~」っていうひとことファンファーレ。これは金管楽器じゃなくて、フルートみたいな木管楽器を使って優しい、温かい感じを出しています。呪われた時の音は(♪デロデロデロ……デケェデケェデケェ……デェーデロェ~)、低音部のぶつかった不協和音で忌まわしい音でつくった短いフレーズです。ユーザーの方から聞いて笑っちゃったのは、電話の着信音にドラクエの音を使っていて、恋人だったら宿屋の音で、嫌いな上司は呪いの音だったという話です。

クラシック音楽

クラシック音楽を好きになるにはちょっと時間がかかるかもしれませんが、一旦好きになるとそれを何回聴いても飽きない。ベートーベン、モーツアルトなどのクラシック音楽を全人類が200年以上聴いていてもまだ飽きないというのは、飽きない音楽の真髄(しんずい)ですよね。ゲーム音楽は本当に一つの曲を何百回も聴くわけですから、そちらの方向を目指すべきだと僕は思っています。それで、『ドラゴンクエスト』の音楽の基本はポップスでなくてクラシック音楽の語法をベースにして曲を考えていく。シーンによっては、カジノの様に、ジャズの語法で書くこともありますが、全体的にはクラシック音楽の考え方をベースにして、聴き減り(ききべり)のしない音楽を目指すという方針でやっています。

コンセプトを考える時は論理。実際の音楽をつくる時は感性。

曲のコンセプトを考えるとき、これはやはり論理が主になりますね。音楽をどういうコンセプトでつくるかというのは論理で組み立てていって、それを頭に入れながら、実際の曲を考えていく過程では、これは感性の勝負ですね。ですから、音楽は、常に論理と感性、車の両輪で出来ると思います。『ドラゴンクエスト』の音楽もまさに車の両輪で作曲しております。ただ、音楽の種類によっては、例えば演歌(えんか)は、論理の車輪より感性の車輪のほうが大きいでしょうね。オーケストラ音楽は、論理という車輪がかなり大きくなってきますね。論理と感性の車輪が五分五分という感じでしょうか。というのは、オーケストラ音楽のスコアを書くというのは、建築のビルの設計図を書くようなものです。ですから、論理的な強度計算とかそういったものもオーケストラ音楽では大変大事になってくるわけです。しかし、ただ論理だけではつまらないものしかできない。そこに人間の音楽に対する豊かな感受性があって初めていい音楽ができるということだと思います。

音が楽器を作り出す

作曲したオーケストラ音楽をどうやってファミコンの音源にのせるかというときに、音色は選べません。しかし、いかにもその楽器らしいフレーズを書くことによって、それぞれの楽器を思い浮かべられるような音楽のつくり方をした部分があります。その典型が『ドラゴンクエストⅠ』の序曲。これのイントロのファンファーレ(♪パッパラパッパッパッ……)は、非常にホルンらしい音型なんですね。イントロダクションのこの音型、音を聴いて感じる人はホルンに聴こえます。「ホルン5度」と言われる形式があって、この形がホルンらしい響きになるのです。だから、ソとレといういわゆる典型的な「ホルン5度」を使うことによって、いかにもホルンらしいフレーズで、ゲーム音源でもホルンを感じてもらえていると思います。

コンセプトを考える時は論理。実際の音楽をつくる時は感性。

曲のコンセプトを考えるとき、これはやはり論理が主になりますね。音楽をどういうコンセプトでつくるかというのは論理で組み立てていって、それを頭に入れながら、実際の曲を考えていく過程では、これは感性の勝負ですね。ですから、音楽は、常に論理と感性、車の両輪で出来ると思います。『ドラゴンクエスト』の音楽もまさに車の両輪で作曲しております。ただ、音楽の種類によっては、例えば演歌は、論理の車輪より感性の車輪のほうが大きいでしょうね。オーケストラ音楽は、論理という車輪がかなり大きくなってきますね。論理と感性の車輪が五分五分という感じでしょうか。というのは、オーケストラ音楽のスコアを書くというのは、建築のビルの設計図を書くようなものです。ですから、論理的な強度計算とかそういったものもオーケストラ音楽では大変大事になってくるわけです。しかし、ただ論理だけではつまらないものしかできない。そこに人間の音楽に対する豊かな感受性があって初めていい音楽ができるということだと思います。

聴き減りのしない音楽

『ドラゴンクエスト』のフィールドの曲も、戦闘の曲も、プレイしてクリアするまでに何百回も聴くものですよね。聴く回数が非常に多い。その点は、一般の世の中の交響曲にしても、バレエの音楽にしても、映画音楽にしても、大体映画を見に行ってその曲を聴くのは1本見れば1回ですよね。しかし、『ドラゴンクエスト』などのゲームの場合は何百回聴くかわからない。だから、聴き減りのしない音楽を心がけています。

CMは短い時間でのつかみが非常に大事でしょう。15秒とか30秒の勝負。それから、ポップスの世界、これもラジオなりテレビなりで流れてきたときに、あ、これおもしろいな、買おうと思う。これもやっぱりつかみが大事です。それに対して、つかみというのは、つかむ力は強いけれども、何回も聴くと、もうつかみでなくなって飽きが来るという、そういうデメリットがある。ですから、つかみと飽きが来るというのは裏腹の関係になると思うんです。