タイトル
本質をゼロから考え直そう
著者 / 話者

人は「バカの壁」に閉じ込められている?

数年前(2003年)、養老孟司さんのベストセラーに『バカの壁』という本がありました。あの本で感心したのは、次のようなメッセージでした。
情報は日々刻々変化し続けているが、現代人は「それを受け止める人間の方は変化しない」という思い込みをしている。しかし、本当は逆で、ほとんどの情報は固定的であり、日々変わっているのは人間の方なのに、多くの人はそのことに気づいていない。しかし、自分の周りにそのような「バカの壁」を築いてしまうと思考停止を招く。安易に「わかる」「絶対の真実がある」と思い込んでは、強固な「壁」の中に住むことになる。
なぜ私が当時『バカの壁』に感心したかというと、この本を読んで、私自身が長い間「バカの壁」の中に閉じこもっていたのではないかという思いを禁じ得なかったからです。

私は、90年代には一橋大学で教鞭を執りながら、しばしば首相官邸に出入りし、現実の政策立案に助言をするという仕事に関わっていました。1993年に細川内閣の首相諮問機関である「経済改革研究会」の委員として、1998年からは小渕内閣の首相諮問機関である「経済戦略会議」の議長代理として、日本の経済政策をどうすべきかについての議論に参加させていただいておりました。当時の私の基本的なスタンスは「改革派」のそれでした。日本経済の再生と活性化を図るべく自由市場経済の積極的な導入、いわゆる「構造改革」の推進を強く主張していました。いわゆる「新自由主義」と呼ばれる考え方です。とにかく、アメリカ的な市場主義の考え方に沿って、「規制撤廃」「民営化」「小さな政府」といういわゆる「ワシントン・コンセンサス」を積極的に推進する。そのためには、何よりも、日本の既得権益構造、政官業の癒着体質を改善し、グローバル資本の国境を越えた自由な移動を保証しなければならない。このような考え方をベースにして、1999年2月、経済戦略会議は二百数十の項目からなる構造改革提言をまとめ上げました。その後、この構造改革提言の一部が小泉内閣に引き継がれ、「郵政民営化」に繋がっていったことは周知の通りです。

しかし、本当にそのような考え方で良かったのだろうか。私自身、養老孟司さんの言う「バカの壁」の中に閉じこもっていたのではないか。もう少し大きな視点で人間社会の歴史を振り返ることによって、20世紀最後の20年数間、世界で猛威をふるったアメリカ発の「新自由主義」の思想的意味を問い直すべきではないのか。2000年5月に小渕首相が急逝された頃から、私はこれまでの自分が閉じこもっていたらしい「バカの壁」を打ち破ろうと、もがくようになっていたように思います。

当時、日本経済がいわゆるグローバルスタンダードを受け入れる過程を見つめる中で、本当に構造改革とグローバル資本主義によって日本人は幸福になったのだろうか、という疑念が湧いてきていました。経済原理に基づく効率性の追求だけではなく、「日本らしさ」や「人間らしさ」といった精神的な豊かさに目をやると、構造改革には一定の成果もあったが負の影響も大きかったと認めざるを得ない。国内では非正規社員が増加し、フリーターなどの貧困層が急増、所得や富の格差が拡大し、日本社会の一大特徴であった豊かな中流社会が崩壊しました。また、終身雇用や年功序列などによって出来上がっていた日本独特の完全雇用文化の崩壊によって日本企業の強みがなくなったようにも思えたのです。「自己責任」の名の下で弱者が切り捨てられ、所得の過多で人間を分類する「勝ち組」「負け組」という言葉も生まれ、新自由主義的な思想が日本人の価値観や精神にまで大きな影響を与え始めていたからです。

アメリカ主導の構造改革路線は正しいのか、それとも間違っているのか。アメリカのハーバード大学で経済学を学んだ私としては、これはかなり大胆な問題設定だったと思います。なぜなら、アメリカ経済学では、新自由主義的な考え方は常識であり、それに疑問を差し挟むこと自体、自殺行為でもあったからです。
しかし、沸き上がる疑念を生半可に止めることはできません。そんなことをすれば「バカの壁」に自らを閉じ込めることになってしまうと思ったからです。とりあえず、私なりの答えを出すため、政治の世界から自らを遠のけ、もう一度勉強し直そうと考えるようになりました。それまであまり読まなかった歴史、文明論、哲学など経済学以外の分野の本を私なりに読み漁りました。これは面白かったですね。これまで自分が持っていた価値観がいかに狭い視野の下に形成されたものだったか、思い知らされる毎日でした。読書というものがこれほどエキサイティングなものだと言うことに始めて気づいたのです。いかにも遅いですよね、気づくのが。
それはともかく、様々な分野で活躍する研究者、専門家、思想家の方々にもお会いして話をお伺いし、議論をさせていただいている内に、西洋主導の資本主義が人類にもたらしたものはどのようなものなのか、それは今、歴史的に見てどういう段階に到達しているのか、などについていろいろ考えるようになったのです。2008年頃になると、世界ではグローバル資本主義と新自由主義の進展が地球温暖化など、著しい地球環境破壊をもたらしていました。また、国境をまたいで移動する巨額の資本が世界の金融不安定化を引き起こしていました。日本のような平等指向が強かった国にも、貧困層が急増し、社会の毀損が目につくようになっていました。次第にその状況を黙って見ている事ができなくなり、『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社インターナショナル)を書き上げたのです。原稿が8割方書き終わった頃、リーマン・ショックが起こり、私の危惧していたことが現実のものになってしまったのでした。
その後、福島原発事故が起こり、ギリシャに端を発する欧州債務危機が起こり、リーマン・ショックで傷の深かったアメリカ経済はいまだに本格的な景気回復には至っていません。世界は21世紀に入って明らかに大きな転換期を迎えるようになっているのです。

この著書に対しては、良くも悪くも、大きな反響がありました。「その通りだ」といった嬉しい感想をくれた読者もいましたが、それと同じ数だけ、いやそれ以上に批判的な意見も多かったように思います。それも当然のことだったと思います。それまで、新自由主義的な構造改革の必要性を強く主張していた私が、前言を翻して「懺悔」してしまったのですから、当然です。「裏切り者だ」と言う声も多かった。これは予想通りでした。
幸か不幸か、自分の考え方に間違いがあったらしいことに思い至った人間は,このような場合、どうすれば良いのでしょうか。口をつぐんで世間に波風を立てず、静かに人生を終えた方がいいのか、あるいは、恥を忍んで私がた辿った思考プロセスをありのまま吐露してしまった方が良いのか。正直言って大きな葛藤がありました。好意的に解釈すれば、私はようやく「バカの壁」を打ち破ることができたのかもしれない。経済学はとても重要な学問の一つですが、どこかが歪んでいないか。近代経済学はアングロサクソン主導で学問体系が作り上げられているのですが、その前提に問題はないのか。個人が自分の欲望の最大化を目指して行動すれば社会全体としても最適な結果が得られる、としたアダム・スミスの議論には落とし穴はなかったのか。私自身、経済学という専門領域に長年閉じ込められていて、ふと全体を見渡したら、見える世界がまったく違っていた。その話を生身の言葉で正直に話す、あるいはその気付きのプロセス自体を社会と共有してみようと、結局「判断は読者の皆さんにして貰おう」と出版に踏み切ったのですが、まさに読者の反応は賛否相半ばするもので、アマゾンの読者レビュー評価においても星三つ(評価してくれる人と評価できないとする人が相半ばする)状態がいまだに続いています。

資本主義はなぜ生まれたか?

以下では、拙著で私が言いたかったことなどを簡単にお話ししてみたいと思います。なお、一部は2012年1月に私が続編として執筆した『資本主義以後の世界』(徳間書店)の内容も含まれています。
中世ヨーロッパ社会は「闇の時代」と呼ばれます。精神面ではカトリック教会による抑圧があり、人々は王侯貴族による厳格な階級制度や封建制度に喘いでいました。個人は自由に移動もできず、職業を選ぶ事も、自由な精神活動、芸術活動もできなかった。そのような厳しい制約の中にいた個人は、16世紀頃から宗教改革やルネッサンス、啓蒙思想の高まり、そして市民革命を通じて解放されていきました。西洋市民社会の誕生です。欲望を解放された商人や資本家などのブルジョアジーが旧体制を打ち破り、その結果、資本の「原始的蓄積」が可能になり、18世紀の産業革命へとつながります。

産業革命による技術革新と工業の発達は農民を工場労働者に変化させ、工業生産から生まれた富はさらに再投資へ使われて、「資本の自己増殖システム」が確立されていきました。このような産業革命を背景とする「資本主義」の始まりに先だって重要なのは、1492年のコロンブスによる新大陸発見とそれに続く大航海時代の歴史的意味づけだろうと思います。航海術に長けたヨーロッパ列強国が一斉に南北アメリカ大陸へ渡り先住民を制圧、植民地支配し現地の貴金属や資源を大量に本国へ持ち帰ったことはご存じですよね。大航海時代以降、開拓された世界各地の植民地で奴隷を使って生産した極めて安価な原材料を本国に持ち込み、それを機械で加工して,今度はそれを世界に高く売りつける。七つの海を支配する大英帝国はまさにこのような背景のもとに成立しました。今は当然と思われている「自由貿易思想」もこのような時代背景のもと、大英帝国が主導して確立した考え方です(それまで農業保護をしていたイギリスが「穀物法」を廃止し、自由貿易を世界に押しつけるようになった経緯は改めて説明するまでもないでしょう)。
結論を先取りして言ってしまうならば、自由貿易やグローバル化を推進するというのは、その時々の「覇権国」がやることです。覇権国が最も強い競争力を持っているわけですから、覇権国にとっては常に自由貿易やグローバル化が有利になるのです。イギリスが「穀物法」を廃止し、自由貿易理論を掲げて世界に自由貿易を波及させようとしたのも、アメリカがこの20年ほどグローバル・スタンダードと称して、強烈に日本に構造改革を迫り、金融立国を成功させようとしたのも、そういう目線で見れば、よくその本質が理解できると思います。

資本主義社会とは、「資本」あるいは「資本家」が主人公になる世界です。資本の自己増殖により富を拡張していくことこそ正しい、とする成長至上の思想です。それを実践するためには個人は解放されなければいけない。農民がいつまでも土地に縛られていたのでは工場労働者を確保できないから、封建制度は崩壊したわけです。かくして、個人の欲望は見事に解放されました。そしてそれを実現したのが西洋近代なのです。西洋近代化=個人の欲望の解放=「個人化」の進展、と言ってよいでしょう。そして、これらの欲望の解放、「個人化」を正当化するために様々な議論が出て来ましたが、その中の一つが今につながる「経済学」です。

産業革命が起こり始める頃に、アダム・スミスという近代経済学の祖と言われる学者がでてきます。彼が言ったのは、個人の欲望を解放し追求することが社会の調和をもたらすという夢のような理論、これが「神の見えざる手」と呼ばれるものです。神や為政者が指図せずとも、個人が欲望に任せて行動すればマーケット(市場)というものが需要と供給を調整し、最適な資源配分をもたらすというユートピア的な発想です。しかし、アダム・スミスは一般的にはかなり誤解されていて、本当は彼はそんな単純なことだけを言ったわけではない。マーケットがこのような素晴らしい結果を生み出すに当たっては、人々が社会全体のことを真面目に考える「道徳心」,あるいは「公共的精神」を持っている事が前提であって、ただ個人が全体のことをまったく考えないでエゴだけを追求すると社会はうまくいかないという事もしっかりと予見しているのです。個人のエゴを追求するだけでなく、同時に社会のことも考える公共的な精神を持っている個人、つまり成熟した個人が「神の見えざる手」の前提なのです。そのようなことを『国富論』の前に出版された『道徳感情論』という本にしっかりと書いています。

しかし後者の論点はいつの間にか忘れられ、市場万能主義が一人歩きするようになりました。個人は自分の欲望を最大にするように行動してよろしい、企業は利潤最大化を目指すべき存在だ、消費者が欲しいものはマーケットで売れ、欲しくないものは売れない、従って、売れる商品を作っている会社は成長し、売れない商品を作っている企業は潰れていく。その結果、消費者が欲しいものだけが生産され豊かな社会が実現する、こういう極めて単純な経済理論が広がった。これが「自由主義経済」の基本的な考え方です。
このような考え方で産業社会は飛躍的な発展を遂げました。その理由のひとつは、西洋世界にとって豊富な「フロンティア」が存在したからです。産業革命当初は、南北アメリカ大陸、アフリカ大陸、インド、オセアニアなど、西洋から見て手つかずの土地や資源、そして豊かな自然などの「フロンティア」が豊富にあった。人間がいくら欲を追求してどんどん産業化を進めても、人間の数に対して資源が膨大に存在し、自然環境が持つ自浄能力も極めて大きかったため、資源の枯渇も自然環境の破壊も、ほとんど問題にならなかった。無限に可能性が広がっているように見えたわけです。もちろん、今日のような地球環境問題も起こらなかった。
このような広大な「フロンティア」が存在したからこそ、産業革命以降の西洋主導の資本主義社会は未曾有の発展を遂げることに成功したわけです。まさにアダム・スミスの言った通りに、個人を解放した結果、急激な経済成長が起こった。経済学はそのような歴史的現実を後ろ盾として発達し、マーケットという仕組みと資本主義がいかに素晴らしいかという理論が創られていったわけです。

市場と国家、揺れ動く資本主義

しかし、いつまでも良いことが続くわけではない。そして1930年代に入って、世界恐慌が起こります。「自由主義」のマーケットの下で個人が欲望のままに活動した結果、世界は恐慌に陥ってしまった。つまりマーケットだけでは十分な調整能力がないことが証明されてしまった。不況を放置すれば、経済はますます不況になり、奈落の底に転落していく。これが恐慌です。
そこで、このような「マーケットの失敗」を補填するための経済理論「ケインズ経済学」がイギリスの経済学者ケインズにより打ち立てられます。不況になったらマーケットに任せておくのではなく、政府が調整役として積極的に経済に介入して公共事業を起こし、財政政策や福祉政策によって需要をつくる。そうすれば需要と供給が健全なレベルに戻りマーケットが機能する。これがケインズ経済学の考え方です。戦後の世界経済はまさにケインズ経済学全盛の時代でした。国家が福祉政策を行い、税制や社会保障を決め、不況になれば国債を発行して景気対策をするなど、政府が前面に出るようになったのです。

しかし行き過ぎたケインズ経済学は副作用をもたらします。もともとは不景気時に政府が経済介入して景気の安定を図るのが目的だったのですが、景気の良い時にまで積極的なケインズ政策が取られるようになった。なぜそうなったかというと、投票によって選ばれる国会議員が有権者の歓心を買うための格好の理論としてケインズ経済学を使うようになったからです。議員達は景気好況下にもかかわらず、投票の約束とセットにして誰もが喜ぶ公共事業や福祉政策をマニフェストとして掲げるようになってしまいました。いわゆるポピュリズム的状況です。その結果、政府は好況時にも財政支出を膨張させる羽目になり、財政の引き締めができなくなってしまった。逆に,ケインズ政策の乱用によって、景気過熱(インフレ)と公的部門の肥大化が恒常化し、また、巨額の財政赤字を生みました。これが1970年代以降の状況です。
そこで原点に戻り、やはり政府はなるべく小さくして、市場原理と自己責任を軸とした自由主義市場経済に戻ろうという運動が起こります。アメリカのレーガン大統領、イギリスのサッチャー政権の時代ですね。その運動と理論が「新自由主義」です。新自由主義はこの20年間、リーマンショックに至るまで強い力を持っていました。ケインズ経済学に対する反省です。ところが新自由主義に基づく規制撤廃と構造改革を進めると、また別の様々な問題が出てきた。例えば、貧困層が大量に出る、バブルが起きる、自然破壊が止められないなどの問題です。

このような揺れ動く社会を制御すべく、西洋近代は大きく二つの方法で対処してきたのです。一つ目は 資本主義、つまり市場による調整。作り過ぎた商品は値段が下がり企業が撤退し生産が落ちる。消費者が欲しがる商品は値段が上がり生産が増える。需要と供給のバランスが人々の消費行動と企業の生産活動により調整されてうまくいく。そして、二つ目は民主主義です。そこでは市場では調整できないことをやります。例えば富の分配があまりにも不平等だと社会が乱れる。そこで再分配をして貧しい人に社会保障をしなければならない。これを政策の形で行うのが国家です。選挙によって選ばれた代議士が、市場の失敗する分野や機能しきれない分野において、民主主義的な国会という場で、みんなのための政策を決めて実行していく。この二本立てで世界を制御するというのが、近代社会の基本的な構造なのです。

「右肩下がり経済」で日本はどうなるのか?

資本主義と民主主義、この二本立てのシステムは経済成長期、世の中が右肩上がりの時は、それなりにうまく機能しました。右肩上がりということは、つまり経済のパイが大きくなっている状態です。投資効果の高い分野と地域には、資本がどんどん流れ込み、雇用が生まれ、個人消費が伸び、生産された商品は売れ、その利益はさらに再生産のための投資に回り、資本が増殖していく。経済が成長すると、民主主義は、拡大した富をどのように分配するかを決めます。例えば公共事業、どの地域に新幹線を作り、どこに道路を作るか、というようなことです。全体のパイが増えているので、例えばある地域に比べてその他の地域への配分が小さいということは起きるが、少なくともマイナスになることはなく、その地域の人々が明日から生活できなくなるような配分決定は、民主主義の場合はされません。このように、「右肩上がり経済」では、民主主義はそれなりにうまく機能していたと言えるでしょう。

しかし、経済的伸びしろとしてのフロンティアが減少する中で、成長率が横ばい、あるいはさらに縮小経済へ入り始める時に、今までのような、市場と民主主義の二本立ての社会構造だけでうまくいくのでしょうか。資本主義というのは自転車と同じで、前に進んでいる間は安定するが、止まったり後ろに進んだりはできない。資本というのは伸びゆく未来に投資をするということですから、つまり、資本主義はマイナス成長では機能しないのです。しかし、実態はというと、日本では人口が減少し、国の財政はこれから迎える超高齢化や原発処理の問題、エネルギー問題など多額の費用がかかる問題を抱え、これから我々は縮小経済に向かう可能性が極めて高い。また一方で、民主主義は利益の分配には対応できていたが、初めて直面する「不利益の配分」に戸惑っているわけです。国の赤字を誰が負担するのか、放射能に汚染されたガレキを、利益を生み出せなくなった企業のリスク(株の暴落など)などを、みんなでどう分配するか。若者に不平等な年金制度をどう改革するのか。いずれも、「不利益配分」に関わる問題ばかりです。そもそも民主主義の原点は、社会が抱える困難な問題を共有し、議論を重ねながら何とか解決していくということなのに、マイナス成長の気配が見え始め、「不利益配分」が不可避な状態になると、みんな「自分だけは痛みを避けたい」と尻込みしてしまって、議論も開始できない状態に陥っているというのが現状です。

いまこそ、私達が考えなくてはならないのは、これまで右肩上がりではうまく機能した資本主義と民主主義という二本柱をどう修正するのかという極めて困難な問題をどう解決するかです。詰まるところ、私たちが抱えている根本問題というのは、「不利益分配システムとしての21世紀型の社会経済システム」をどのようにつくるか、という問題です。この問題は日本だけではない。アメリカ、EUすべての先進国が直面している問題です。それもこれも、先進国の成長を支えてきたフロンティアが消失したために引き起こされている問題と言って良いでしょう。私たちは果たしてこの「フロンティアの消失」という現実に対してどう対応すべきなのでしょうか。いずれにしても、西洋近代が築き上げ、産業革命から続いてきた資本主義文明が歴史的な曲がり角に来ているのは間違いありません。

マクロの視点で見れば、地球は人口が増え、環境も劣化するなど、明らかに手狭になったわけですから、個人はエゴを抑えて「分かち合う精神」を持つべきだ、「足るを知る」べきだ,ということになります。しかし、ミクロの視点で見ると、個人は減っていくパイを奪い合うことになりますから、ますますエゴをむき出しにして熾烈な競争に勝ち残らなければ生きていけない。企業は非正規雇用を増やし、成果主義の導入や取引先の統合など、コストカットのためにあらゆる手段を取る。その結果、短期的なコストは下がるかもしれないが、長期的には組織の弱体化につながり、会社の信用や競争力を失うことになります。
以前は社長から社員、取引先までもが一丸となって働く一体型の経営が日本企業の強みでしたが、それも失われつつあります。普通の一般社員が当事者意識を強く持って主体的によく働くという日本企業特有の現象は、世界的に見ても稀なことでした。そこには日本独特の美意識や文化的背景があった。仲間をおもんばかる、取引先を尊敬する、お客様を大切にする、歴史を大切にする。文化がある日本ならではの考えが高度経済成長と解け合って、よく言えば日本独自の経済文明観が出来つつあった。一方で、欧米のビジネススクールで教わる事は、極端に言うと、エリート階級の人々が、放っておくとさぼってしまう労働者階級をどのように叱咤激励して働かせるか、そしてそれを四半期毎にチェックするという極めて厳しい組織運営技術です。それが経営学の基本です。しかし、社会構造も文明観も,そして歴史もまったく違う日本に、欧米型のマネジメントの仕組みを無理矢理持ってきてもうまくいかないのは当然なのです。

資本主義を原理的に突き詰めると、個人は労働力以外の何ものでもありませんから、資本(工場)の移動とともに人は仕事を求めて動きなさいと言うことになります。その結果、地域や共同体は資本の動きに翻弄され、個人化が進み、崩壊へと向かう。また、消費のフロンティアは大家族から核家族、個人へと消費主体を細分化することで拡大され、行き着くところまで来てしまった。孤立化した個人は縮小経済の中で金もなく、仕事も無く、共同体も消え、家族の繋がりも失い、心の拠り所を失くした。右肩下がりの経済の中では、個人が生き残る為に頑張れば頑張るほど、逆説的にそのような共同体の問題が先鋭化してくるのです。小さな目先のエゴを優先するのか、それとも目先の欲望を抑えて大きな幸せを得るか。このような矛盾の拡大を防ぐには、欲望自体の性質を、自分だけが幸せになりたいという「小さなエゴ」から、われこそが社会を良くしたいという「大きなエゴ」へと転換する必要があるのではないでしょうか。

「生き様資本主義」の時代へ

今の世界にはグローバル競争という厳然たる事実があり、それに対抗して生きていかなくてはいけない、どうしてもエゴを追求しなければ生きていけない社会構造になっています。日々の激しい競争を勝ち抜くためには文明論を語っている余裕は無く、どうやって目先の利益を確保するかに汲々としているのが今の日本人や他の先進国の人たちの状況ではないでしょうか。そのような競争をして勝ち残っても、それがまたブーメランのように自分に跳ね返ってきて、もっと厳しい状況になっていく。このような負のスパイラルが続いていくと、あるところで必ず限界に達する。
私の希望的観測かもしれませんが、現在の競争社会からはじき出された「こんな非人間的なことはもうやりたくない」という人が徐々に増えてきて、いつかそのような発想が日本の主流になるのではないか、それが文明的な転換に繋がるのではないかと考えています。実際にその変化を予感させるような現象も少しづつ起きています。

例えば、中村ブレイスという義肢装具の会社が島根県の山奥にあります。その会社は、身体が不自由な人のために懇切丁寧に擦り合わせをして、その人だけにぴったりの最高の義肢装具を手作りでつくる。そういう高い志を持った小さな会社です。その評判が少しずつ広がり、今では世界中の不自由な人から注文が殺到するようになりました。中村ブレイスでは、いったん就職した従業員に対しては「どんな不景気にあっても、会社はきみたちを絶対に解雇しない、その代わり、世界中の身体の不自由な人の事を思いやって、世界最高の義肢装具を作って欲しい」というスタンスです。その思いを共有できる人は、社員という概念を超えて、もう仲間であり、家族であり、共同体の一員です。決して、資本に仕えるだけの「労働コスト」なんかではなくなるのです。過疎と呼んでもいいような交通の不便な地域にある会社なのですが、いまや全国から就職希望者が殺到し、お客さんも殺到し、地元も非常に感謝している。小さな例に過ぎませんが、資本主義社会の中でも、このように心のこもった「生き様」と「覚悟」があれば、素晴らしい喜びに満ちあふれた会社を作ることができるのです。顧客や従業員、地域社会など、周りの人がいかに喜んでくれ、評価してくれるのか、貨幣では量れない価値に人間は本当の幸せを感じるものなのではないでしょうか。個人の幸せと地域の幸せを実現しつつ、企業としても利益を上げて繁栄できる。このような方法が必ずあるはずです。

3.11以降、この国は大きく変わりました。日本は、広島と長崎における原子爆弾と福島の原子力発電所爆発という、世界の中でも歴史上三回にわたって被爆経験を持つ唯一の国です。今この国はつらい時期だろうけれど、世界中がこの国の一挙手一投足を凝視している。私は、日本が「再生エネルギー大国」として世界を引っ張っていく、そういう先進国家になって貰いたいと思っています。「脱原発」でも「縮原発」でも良い。とにかく日本は世界の先頭に立って、放射能汚染から人類を守るという強い意志を表明すべきだと思うのです。
考えてもみると、原発も人類の欲が生み出したものです。石油だけではエネルギー不足になるから、それに変わるものとして、原発を創り出した。しかし、チェルノブイリにおける放射能汚染が事故後25年も経つのにまだ解決していないという現実を見れば、原発をなくす方向に我々が向かわなければならないことは明らかです。目先の問題はあるでしょう。だから、今すぐにすべての原発を止めよというのには無理があるかもしれない。しかし、少なくとも、方向性だけはしっかり固めておいて貰いたい。そして、日本は「再生エネルギー大国」への道を大胆に歩み始める決意を世界に向けて表明すべきでしょう。
30年前までは原発で安いエネルギーを作って産業を発展させるべきだと言っていた人が圧倒的に多かった。しかし原発事故以降、原子力発電は安い電力ではなくなりました。私たちは、産業革命以後の近代資本主義文明の価値観のままで本当に幸せになれるのか、という危機感が広がっています。電気代が少し上がってコストが少し上がっても我慢するから原発を止めてくれ、という人が増えた。これはかなり大きな変化だと考えています。

いま東京都は2020年オリンピック誘致を進めており、先日事務局長に私的ご提案を申し上げました。それは誘致を成功させるためにはまず福島の原発問題について徹底的にクリーンな形で解決策を世界に提示する必要がある。さらに、産学協同で、オリンピック会場や選手村に必要なエネルギーをすべて再生エネルギーだけで賄えるようにできないかと。それこそが誘致への一番の広告塔になるのではないかと提案しました。このような提案が現実味を持って受け入れられる、そういう時代だと思いませんか?
悪い事ばかりじゃない、人間の知恵で解決できないことはない。様々なしがらみがある産業人や政治家が大きく発想を変えるには残念ながらまだ至っていませんが、現場を見れば、方々でコミュニティが崩壊し、無縁社会が広がり、フリーターが増え、今までの「進歩」に対する幻想が崩れるような出来事が既に起こっている。一般民衆レベルでは、このことは十分認識されていると思うのです。この流れがさらに進むと、自分の今までの価値観を転換する人々がもっと増えるに違いない。産業の中から、アカデミズムの中から、若者のなかから「新しい資本主義」を探す姿がもっとどんどん湧き出てきてほしい。

ブルジョワジーの育成を支えた産業資本主義。投資家の富の育成を支えたバブリーな金融資本主義。その次は一体何なのか。中村ブレイスのように、経営者や従業員の「生き様」と「覚悟」が凝縮されて、われこそが世の中を変えようとしいう、もっと大きな欲が生まれるときに、 自然と同志とお金が流入していく。そういう一つ一つの動きこそが21世紀型の新しい文明の転換へと繋がっていくのかもしれません。今の社会はそういうものがあちこちで無数に芽を吹き出し始めているのではないでしょうか。そして人々はそれを待ちわびている。それこそ「生き様資本主義」と呼んでもいいかも知れません。