生の渡し方

対談
一次情報vs二次情報

人間がなにかに直に触れたときの生の感動としての一次情報。
それを人に伝えるために言語化して、社会に増幅、拡散していくための二次情報。
編集部は、都内某所にて、一次情報と二次情報の対談を実現した。

一次情報
二次君、ひさしぶりだね。
二次情報
あ、ごぶさたです。ほんとは、ごぶさたしちゃいけないんですけど。
一次情報
最近はますますのご活躍じゃないか。僕の方はすっかり目立たない存在になってきた。
二次情報
そんなことないですって。だって一次情報さんがいるから、僕たちは存在しているわけで。「いいね!」ボタンがばんばん押されるのも、元をたどれば、一次さんの御陰じゃないですか。
一次情報
え? なに?(顔を歪ませながら)おなぐさめか? そもそもね、僕は情報というものがね、一人歩きして、その本来の生々しさから離れて行っちゃうのが怖いだけで、あとは矢継ぎ早に行っちゃってくれても構わないんだ。語弊を恐れずに言うとね、生命の生々しさ、みずみずしさを再現した二次情報に、僕はそれほど出会ったことない。幻滅することが多いんだ。
二次情報
一次さんって、ちょっと話し方が古くさくないですかね。語尾とか直すだけで、もっと若いひとに届くようになると思うんですけど。でも、実際、僕らに触れただけで、結構多くの人が経験した感じになるってのはありますよね。
一次情報
だいたい他人の旅行記を読んで、その場に行ったみたいな口調で話すやからが多すぎる。ネットのグルメポータルだって、ブログだって、体験の一期一会を無視した、だらけた情報がやたら拡散しすぎてないか。君たちも、安易に伝聞できない領域もあることを認めてくれないか!
二次情報
……。「あまちゃん」は見てました?
一次情報
まあ、毎朝。
二次情報
見てるんじゃないですか。面白かったでしょ?
一次情報
まあ、感動したよね。
二次情報
ほら。あれだって一種の二次情報じゃないんですか。作家が世界観を煮詰めて、作り出しているんだから。
一次情報
エンタメは別だよ。だって作品そのものなんだから。ただそれを見たことない人までも、じぇじぇじぇとか言っているのは変だ。
二次情報
楽しければ、別にどうでもいいってないですか? 油絵は原画を見ろっていう人いるけど、たしかにブラッシュストロークとかを立体的に見るのもいいけど、別にゴッホの「ひまわり」をカラコピしてトイレに貼ってるのも本人が楽しければ、いいと思いますけどね。
一次情報
いやあ、別にいいんだけど。それで楽しいかな、って思うだけなんだよね。なんか魚好きって言いながら、刺身食べたことないってありえる? 加工品しか知らないみたいな。缶詰とか。
二次情報
個人が満足していればどっちでも良くないですか。缶詰は持ち運びしやすいし、保存が効きますよ。刺身にない魅力があると思います。
一次情報
都会の小学生に魚を描かせたら、切り身を描くみたいな話もあるぞ。それはどう思ってる?
二次情報
田舎の小学生は、一匹の魚を背びれ、尾びれに、釣り針までリアルに描けるかも知れないですよね。都会の子どもは、切り身と一緒にスーパーのパックの産地情報やプラスティックのバランとかバーコードまでも一緒に描いちゃうかも知れない。どっちも正解ですよ。過度にレトロスペクティブになる必要ないんじゃないかと思いますけどね。あと情報論と産業論を混ぜられても困ります(笑)。
一次情報
僕はね、与える情報が、未来をつくると信じているんだ。お母さんが料理している間に、赤ちゃんにiPadで遊ばせたりしてるんだけど、認知形成の初期段階からそういう機械的なものにってのもなあ。子どもには、もうすこし自然なものに直感的に触れる権利があるだろう。
二次情報
言っちゃいますけど、僕は自然とか機械っていう概念が、そもそもおかしいと思うんですよ。感傷的な誤解を生みがちだと思う。自然自体も細胞一個一個はプログラムされているものだし、その干渉も計算可能の機械的なものとも言える。iPadだって、今の世代の赤ちゃんにとっては自然とも言えるわけなんですよ。だって、生まれてすぐに、フツーにあるものだから。つまり、視点だけの違いで。ヒューマニズムもいいけど、進化とか未来もしっかり認めて欲しいとも思いますよね。
一次情報
君の言っていることはロジカルだけど、なんか、やだな。
二次情報
なんか、やだなと言われても議論にならないですよ。じゃあ、人ってそもそもなんで、なにかを他の人に伝えたいと思います?
一次情報
そりゃ、分かってほしいからだろ。
二次情報
そう。人は、自分のことを理解してほしい。現代の人は、自分だけではもはや自分を成立させることすらできない。もっと言うと、他人からの認識によって自分を形成している場合もあるわけです。それは、好き嫌いではなく、進化だと僕は思う。
一次情報
進化はあるんだけど、劣化したものだけを教育することの罪ってのは大人にあると思うんだよ。渋谷とか池袋の駅前の飲食店が、ラーメンやらチェーン居酒屋やら、塩気と脂っ気のものばかりだろう。なぜなら、そういう食べ物が味覚形成途上の世代には暴力的にうまいわけだ。情報もそういうところがあるんだよ。これが喜ばれるから作ります、拡げますでは、将来は危ないよ。
二次情報
おっしゃる感覚は分かりますけど、政策は淘汰を止めることはできないと思いますけどね。それに、文化ってカウンターバランスな部分があるから、二次情報ばかりになったら、一次情報も大事にする、そういうところがあると思うんですよ。たとえば、マドンナが大々的な移籍契約をしたライブ・ネイションというアメリカのライブイベントの会社。マドンナは音楽自体はもはやコピペで、かつ無料で配る二次情報になっちゃったと。それは止められない。でも、それが薄くなっても拡がる分、人はライブを見たくなる、必ずやライブの感動を求めると。そういう発想の会社こそ、世界中でどんどん成長しているんです。
一次情報
……。まあ、そういうこともあるのかもしれないね。生に触るということが、もし君たちの活躍によって増えるのであれば、僕にとっても嬉しいことだ。
二次情報
僕はそういう自然淘汰の先に、一次情報と二次情報との本当の蜜月ができるんだと思うし、こういうものって川の流れのようなものなので、固定的な理想を持ってはいけないような気がするんです。

失礼のないように慎重に話していますけど、率直に言うと、大丈夫ですよ、一次さんがなくなることなんてないですよ。冬の雪つもる温泉宿で露天風呂に体を沈めたときのあの気持ち良さなんて、僕たちにはどう表現すればいいのかすら分からないんですから。

一次情報
それこそ、ふうっとしか言いようがないもんな。それにしても、なんか成長したね、二次君。