タイトル
新しいメディア論

「あらゆるメディアは、人間の身体の拡張に他ならない」-マーシャル・マクルーハン

この言について、現代では以下の3つの要素を切り離すことはできない。
マネタイズ
ユーティリティ
インタレストだ。

メディアの価値は、いかに生活者に便利さ=ユーティリティを与え、いかに生活者の興味=インタレストを獲得し、そしていかに課金=マネタイズしてメディアを維持し続けるかである。
このうち「ユーティリティ」と「インタレスト」の二つは、人間の身体拡張の要素だ。

何が便利か、興味の対象かは、時代によって移り変わるが、
決して変わらない欲求がひとつある。
それは、単純にだれもが「面白いコンテンツが見たい」のだということ。
人は、いつも「涙したい。」「わくわくしたい。」「キュンキュンしたい。」のだ。

過去から比べて一気に複雑化しているのが「マネタイズ」だ。
マクルーハンの時代では、身体拡張をいち早く、巧みに行った伝統的プレイヤーがマネタイズに成功したが、インターネットの進化によってそれは特権ではなくなった。
ほとんどのプレイヤーが今のところ、インターネットからなんらかの被害を受けている、構造的勝ち組に成長できたのは一部しかない。

「面白いコンテンツが見たい」。
この根源的欲求に対してどうアプローチをするかを、熟慮し、試行錯誤し、ときに競合し、ときにホワイトスペースを誰よりも早く占領する。
これが、あらゆるメディア、コンテンツ企業の正体だ。
わたしたちにユーティリティを提供し、インタレストを満たし、
人を集め、マネタイズする。
これによってメディアに初めて血が通う。

メディアにとって、身体拡張であることは必要条件となった。
個人が主体的に身体拡張させる術を持った今、
その「拡張の質」を高めることが、企業に課されている。