タイトル
ファッションのダイナミックレンジの外へ

INTERVIEW

編集部
最近中国へ行ってらっしゃったと聞きましたが、どうでした?
ニコラ・フォルミケッティ(以下、ニコラ)
うん。中国すごい。負けたね、日本。
編集部
本当に?
ニコラ
すでにもう負けちゃった。僕1カ月間中国にいたんだけど、今まで行ったこともないのね。「中国なんて」って思ってた。それに、やっぱり僕は日本人だから、ずっと日本びいきだったから。昔、香港に1回だけ行ったことがあって。ファッションも絶対将来は中国になるって言われてたけど、いや、それは絶対無理と思っていたわけよ。いくら経済が伸びても、センスはお金で買えるものじゃないってずっと言っていたのね。ところが、今回中国へ行って、センスもがんがん伸びてきていることがわかっちゃった。そうしたらもう、日本人が勝つところがない。唯一勝てるのは、優しいことぐらいかな。
編集部
和って言うぐらいですからね。
ニコラ
日本人の若い子は今あんまりビンビンきてない。でも中国のかっこいい人はすごいビンビン!
キッズなんて特に。香港のキッズなんて、ワ~オみたいな感じ。超元気があるしかっこいい。もう中国にずっと1ヶ月ぐらいいて、レーン・クロフォードっていうデパートメントストアとコラボして、「ニコラ」っていうスペースをつくってくれて、すごかったね。やっぱりもうお金の使い方が違うから、僕がビジョンしたものをそのまま全部やってくれるわけ。だからクリエイターとしては、ものすごいラッキーなの。それにお客さんも、自分がつくったものを買ってくれるから。売れるとか売れないかは自分の時にはあまり考えないから、僕は結構バンバン行くんだけど、こんなの絶対売れないでしょうみたいなのが1日で売り切れるとか、すごいの。だからもう、ワオ~みたいになって自分がちょっとハイになる。エキサイトメントね。
編集部
高度成長で元気だった20年前の日本と、 今の中国は同じなのかな。あるいは、昔とは世界の構造が、違うのかな。今はネットもつながっているし、世界ともつながっているし。どう?
ニコラ
僕も行く前に、若い子たちのデザイナーとかいろいろ聞いてね。コネクトしているからすごいかなと思ったんだけど、全然違ってたよ。なぜかというと、中国にはソーシャルメディアがないから。ウェイボー(新浪微博 中国版ツイッター)だから。世界へのインフォメーションはないわけ。
編集部
なるほど、規制されている。
ニコラ
でも人の数、わからないくらい桁が違うの。ツイッターとくらべても。ウェイボーは、もう250万人……、250億人……、わからない。もう桁が大きくて……。ある程度大きくなると、だいたい一緒。ただ、すごいのよ。中国だけでだから。だったらもう、それだけで1個の世界なわけだから、インフォメーションは別にあろうと、なかろうと別に関係ない。英語はみんなしゃべれないし、しゃべる機会もない。だけど、雑誌もおもしろいの、すごい。
編集部
ファッション誌はどうですか?
ニコラ
おもしろい。すごいかっこいい。もうね、びっくりした。ヴォーグ、ハーパス・バザー、エル、それぞれにメンズバージョンがあるね。この間の『ヴォーグチャイナ』はあまりにも広告があり過ぎて、電話帳よりもぶ厚いぐらいだよ! 広告ももう、好き勝手で最高なわけ。
編集部
どんな感じ? ラディカルとか、パンクな感じ? 自由な感じ?
ニコラ
もう見たことないようなスタイルなわけよ。
編集部
ニコラ・フォルミケッティが見たことないスタイルが?
ニコラ
そう。フレッシュに見えたの、すべてが。結構パッパラパーみたいなのがあって、ワ~オ、すごく新鮮。それを『ヴォーグ』でやっているから。あり得ないでしょ。だって『ヴォーグ』はやっぱり『ヴォーグ』の世界があって、すごくシックで、『ヴォーグ』のルールがいっぱいあるわけ。ところが中国版は、何で、私たちがそんなルールを聞かなくちゃいけないのという感じなわけよ。だからすごいパワーがあるよね。パワーがあるということは、一番パンクでいられるということ。僕一番好きなのは、『チャイナ・モダンウィークリー』。今回、向こうから「あなたはニューヨークのトップアーティストだから会いたい」といって連絡が来たのよ。ちょうど僕も中国のこと考えていて。1人も中国人のデザイナー知らないし。それで『チャイナ・モダンウィークリー』を見たんだけど、すっごくかっこいいカバーだったの。あれ新聞なのに、新聞であんなにエッジの効いたことができるなんてあり得ないわけ。他の雑誌に比べたらすごく部数が低いからこういうのができるんだよと言ってたけど、部数も半端じゃない数で。
編集部
やっぱりファッションって一番、時代や都市の空気を吸うと思うんですよ。中国のすさまじい変化の空気を、ファッションではどのように吸ってるの?
ニコラ
だから僕すごくそういう人に会いたいし、興味があったから聞いたの。「これから有望なチャイニーズデザイナーを10人選んで、ニューヨークに来てもらって。一緒に展示しよう」って。そこで僕がすごい気に入ったら、エキシビションを一緒に、ポップアップショップ(ニコラのNYのショップ兼ギャラリー)でやろうねと言って。そうしたら、すぐ次の週に、「もう行きます」みたいな感じで、バ~ンみたいな(笑)。服もすごくかっこよくて、ヤングデザイナーでも世界観がもうできあがってるわけ。それでチャイナフューチャーというエキシビジョンをやったんだ。ところが、それがファッション界では初めてだったんだって。中国の若い子のデザイナーを取り上げて、中国以外の場所で見せるのが。それっておかしくない? だってこんなに中国、中国と言われているのに。中国からは誰も外に行っていないっていうことは、興味がないのかもしれない。そこまで、外国に行くまでもないという。そこでもう……。
編集部
十分マーケットがあるということ?
ニコラ
そう、十分もう満足してるし、外国人も中国に行くから。でも、ほんとにびっくりしたね。撮影もすごいのよ。テイストはあまり好きじゃなかったけど、スティーブン・クラインのすごいのみたいなのがあったり。そのファッションスタイリングは、何かもうクレイジー過ぎて。
編集部
日本のファッションやアートのテクスチャーって、今、ちょっと弱いんですかね?
ニコラ
みんななにかに怖がっているよね。中国の影響とかあるんだと思う。韓国とかさ。昔までは韓国のドラマや雑誌を見るとか、韓国の音楽を聴くとか、日本ではあり得なかったじゃない? 今なんてもう普通にBIGBANGを聞いて、カラオケで歌ってみたいな。「ちょっと外国っぽいけど、遠くないから好き~!」みたいにみんな思っているでしょう。だからもう一緒なんだよ。結構今までは日本のほうがちょっとすごい、みたいになっていたから、日本人もクリエイションで怖さを感じていなかったからいろいろできたと思うの。でも、今、もう負けちゃったってあるから。何で負けたかわからないけど。多分ビジネスのこととかも関係あると思うんだよね。
編集部
ニコラのキャリアはロンドンでスタイリストとして始まったの?
ニコラ
うん、スタイリスト。18の時にイタリアから、ロンドンに移って建築の学校に入って。雑誌に憧れて、『The face』と『i-D』がずっと好きだったから。一応ママとパパには「建築やりたい」とか言ってたけど、1週間ぐらい行ってからすぐやめて。クラブで3年間遊んでたわけね。そのときのことは全く覚えていないんだけど。で、お金がなくなったからショップアシスタントでもやるかみたいになって、そこでファッションの人たちにたまたま会ったりとかして、「雑誌の仕事、どう?」っていきなり言われたね。雑誌は『Dazed』。格好が、何かとんがっていたからかな。「あ、君クールだね。じゃ、何か雑誌やらない?」みたいな感じで。
編集部
最初の仕事は、エディトリアルスタッフとして?
ニコラ
うん、だから1ページだけ。毎月スペースを1ページあげるから、なんでもいいからやってよって言われて。
編集部
ニコラの作品を改めて見てみると、スタイリストという言葉があまりフィットしないんですよ。もっと全体を見てる気がするよね、アートディレクター、クリエイティブディレクターとか。
ニコラ
だからスタイリストをやっていたときも、「スタイリストとはこうだ」というのを知らなかったから(笑)。何をしていいか、さっぱりわからない。とりあえず、みんなでコラボレートするわけよ。写真家、ヘア・メイク、モデルとね。本当にピュアにクリエイションを一緒にしようというチームワークね。ポラロイド、お店にあった服、友達、写真撮って、それをペタペタ張って。コンピュータも使ってなかったから、それをでかい画用紙に貼って、そこに何か、これがどこどこのデザイナー、こういうのが最近好きとか。STUSSYとか、SUPREMEとかがすごい好きだったから、ステッカーを白生地に貼ったりとか。ちゃんとした写真とかも撮れないから、ポラロイドをとにかくいっぱい貼って。僕、デイヴィッド・ホックニーが好きで、ポラロイドで何かチョチョチョ~っと全部真似しただけ。それが24歳くらいかな。すごく遅く始めたわけよ。
編集部
そうだよね。普通そのキャリアの人って16歳ぐらいからファッション学校通ったりとか。そこに、ニコラは結構フラ~ッてやってきたって感じ。
ニコラ
そうそう。だから「居ていいの、ここに?」みたいな感じになったの。ファッションのことは知っていたよ。雑誌とか見ていたし、ママがすごくファッションが好きだったから。でもファッションだけじゃなかった。エッジの効いているデザイナーにはすごい憧れていたけど、別にデザイナーになりたいとは思わなかった。ただクリエイティブなシーンにビロングしたいという、そういうあこがれが強くあった。個人よりもそういうシーンがつくるものの力を信じていたから。
編集部
確かにLady Gagaとのコラボを見ていても、スタイリングがどうのこうのってよりも、とにかくシーンとして大きな渦をつくっているよね。
ニコラ
どんなに大きくても、いい作品をみんなでつくろうねという、本当にシンプルな空気を持とうとしているよ。僕が一番した仕事である雑誌からは1ページ「好きなことやっていいよ」と言われた。それが唯一教わったことかな。好きなことやっていいよという、バウンダリー(境界線)がない考え方、クリエイトの仕方ね。それが唯一、教わったことかな。
編集部
キャリアの始めから考えると、ここで軌道に乗ったと感じた時はあった?
ニコラ
あった、あった! 雑誌の1ページを始めた頃、おれが世界で一番かっこいいみたいになって、調子に乗っていて。1ページを6カ月ぐらいやっていただけで、もうあらゆるブランドから話が来たのよ。すごかった。プラダ、ミッソーニ、ドルチェ&ガッバーナとか、もうそういうメジャーのブランド、ナイキ、アディダス、ラコステとか、もうトップショップばかり。僕も一番ホットなスタイリストに、その雑誌のパワーでいきなりなっちゃったのね。
編集部
すごいね。
ニコラ
やることなすこと全部初めての世界に入っちゃった。すごくハイファッションのブランドとかクチュールを借りて、あり得ないことをやっていたわけよ。でも、とにかく、誰よりもフレッシュな感覚を持っていたと思う。だから今の中国みたいな感じだったと思う、多分。一番すごかったのが、ドルガバのショーに24、25歳のガキが呼ばれて、メンズ、ウィメンズコレクションのスタイリングをもう全部頼まれて。で、コンサルティングとか行くじゃない、ショーの1週間前とか。モデルキャスティングから、ちょっとした服の修正から、ショーの構成への意見まで、すべてやって。
編集部
もうそのとき、スタイリストじゃないね、すでに!
ニコラ
もう何から何まで口を出して、寝ずに頑張って、ものすごいクオリティのコレクションをつくったわけよ。で、みんなもすごい!って驚いてくれた。だけどね、こっからがすごいんだけど、ショーが終わったらすぐ連絡が来たのね。「ありがとうございました。次はもう結構です。他の人にお願いしますので」みたいな連絡が来て、もうショック。
編集部
それは何でか、分かった?
ニコラ
その時は、わからなかった。あんなかっこいいことをして素晴らしかったのに……。みんなも「すごいいい」、ジャーナリストも「すごいいい」だったから。もうガク~ンとなって。すごい落ち込んで、うん。そんなのばっかりだったよ、初めは。本当にそれの繰り返し。で、まず何でだめだったかというと、僕はスタイリストとして雇われたのに、ブランドが考えている、持っているDNAとかを全く考えずに、そこにあった服を自分流に、自分のためにかっこよくしただけだったから。すっかり僕のショーになっていたわけよ。
編集部
なるほど。越境しすぎたわけね。
ニコラ
スタイリストの仕事はコーディネーターみたいなもので、デザイナーの服が100ぐらいあって、それをエディットするエディターの仕事なのよ。それをグループ分けして、赤、白、黒ってやって。そして、ヘアはこんな感じでいったらいいんじゃないとか、フィッティングでモデルに、ここのセクションが一番かわいいんじゃない? とか。アドバイザーだからね。そんな狭い仕事だったら、ロンドンからわざわざミラノに呼ばれるほどこのことじゃないと勝手に思ってたの。
編集部
うん、うん。
ニコラ
まあいろいろ、それでだんだんファッションインダストリーの中が見えてきたのね。そうしたらもうつまらなくなっちゃって、自分でやりたいなとか思って。やっぱり継続して僕が好きだったのは、雑誌の仕事。1ページもらっていたのが2ページになって、6ページになって、10ページとかだんだん大きくなって、ファッションストーリーを僕の友達とつくったわけ。それがすごく楽しくて、それが一番のパッションだったね。
編集部
そっちのほうが世界観をつくりやすかったのかな。

ニコラ そう。その時のエディターは「雑誌のテーマは、今月はこうです」で、それに合ったものを何かつくれば何でもよかったわけ。それを1年ぐらいやって、雑誌のファッションエディターになったのね。そして、ファッションディレクターになって、今度はそこのクリエイティブディレクターになったの。その雑誌の全部任されることになって。毎月、毎月出さなきゃいけないから、雑誌は。

編集部
毎月は本当に大変だよね(笑)。
ニコラ
カバー、ストーリー。だんだん何かちょっとマンネリ化してきて。もう何かわかっちゃったのね。かっこいいカバーをつくるにはどうしたらいいかとか、引くときと足すときを。そうしたらつまらなくなっちゃった(笑)。そして、ブランドのビジュアルの仕事とか、H&Mの広告をやったり。でも、何かロンドン、もう10年もいるしみたいになって、何となく物足りないと思っていて。
編集部
ニコラってパターン化するとだめなのかな。
ニコラ
ああ、かもしれない! すごい飽きやすいの。やっぱり自分をセラピーしないといけないと思って。それで「とりあえず一ヶ月充電します」とか言って、ニューヨークに行って、そのまま戻らなかった。で、そのまま住み着いちゃったの。それが3年前かな。
編集部
NYで、Gagaとか色々なシーンと出会ったんだよね?
ニコラ
そうそう。
編集部
普通はファッションの世界って、パタンナーとかカメラマンとか、専門を勉強してきている人が多いわけですが、話を聞くとニコラ、全然そうじゃないじゃない?
ニコラ
本当にそう。僕は何もできないのね(笑)。「こういうのにして」って強くお願いしてるだけ。専門の人たちがいないと成り立たない。だって、そういう人たちは専門のテクニックがちゃんとある素晴らしい人たちだから。僕が専門性を持ってないから作りたいものに対して、自由にメンバーが組める。でも、ちゃんと自分の世界観を追求して、アートを追求している人たちとしか、僕仕事したくないのね。
編集部
やっぱり根っからのディレクターなんだ。言語化するときに気をつけてることは。
ニコラ
僕、あんまり言語化しないけどね。できないし、しない。これとか。もっとこれとか。つまらないとか。とにかく言葉にならない気持ちで前に進もうとはしている。ただし、ものすごく大勢の人とか、建築家とか話さなきゃいけないときはコンセプトを決めたりする。この前の僕のギャラリーは「デジタル」「ネイチャー」「ミニマル」「パンクバロック」の4つにしたのね。これも最初は5つだったんだけど、4つの方がかっこいいと思って、パンクとバロックをくっつけたら、そっちの方がいいじゃんって(笑)。
編集部
(笑)。でもこれこそ、ニコラ・フォルミケッティの世界を言い当ててる言葉だよね。とくにバロックってのは、半分の血がイタリア人であることも影響?
ニコラ
本当にそう。ベルニーニに囲まれた思春期を過ごしたから!
編集部
ニコラのクリエイティブチームをつくるときに注意してることは?
ニコラ
アシスタントを探す時も、ほとんど僕みたいな人を選ぼうといつも思っているみたいなのね。だから、何かちょっと変わっている子とか、型にはまってない子とか。よくこんなので仕事できるなみたいな子たちをゾロゾロさせとくわけ。普通のアシスタントより、多分2倍時間がかかるだろうな。だけど、そっちのほうが、おもしろい。本当だったらすごい優秀なレズビアンの秘書みたいな人が、僕1人に付いていればオーケーなわけじゃない。でも何かもうどうしようもないんだけど、しかもどうしていいかも分からないんだけど、すごいパッションだけはあるみたいな、そういう人たちにしか見えない世界があるんだよね。もう10年もやって、それが僕に一番合っている仲間なんだろうなというのがわかって、そういう人たちがいつも周りにいるようにしている。
編集部
最初にニコラが言った、そういう場にビロングしたいという気持ちがあって、今はそういう仲間とずっと一緒につくっている感じなのね?
ニコラ
うん。1人では多分何もできないよ、僕。1人でやることは、本当にすごくもうパーソナルなことだけ。例えばピアノを弾いたりとか、本を読んだりとか、音楽を聴いたりとか……。
編集部
ニコラはユニクロにも携わっているけど。
ニコラ
初めはニューヨークの仕事から始まって、スタイリストとして入ったのね。今は、ファッションディレクター。最初はニューヨーク用の広告のスタイリングで入っていったんだよ。でも、みんな着ていたけどモード感が全然なかったし、服もすごくベーシックみたいな。だから、ワ~オの感じの服はこれからもすごく大切だと。僕もスタイリングをやりながら、こんなのもつくったらいいんじゃないのとか、勝手に言い始めたの。来年スキニーが来るからとか言って、無許可でデニムのパンツをピンで留めて、細くしたりとか。女の子と男の子の服をわざとスイッチしたりとかさ。日本で、しかもユニクロみたいな大きいところでそんなことやる人はいなかったんじゃない。失礼だ、みたいな。でもなにか面白いことに気づいてやらない方が失礼だよね。で、写真を撮ってイメージで見せて。こんなイメージでどうですかって、それを柳井さんに一番初めに見せたの。
編集部
いきなり柳井さんにプレゼンできたの。
ニコラ
僕たち、ニューヨークチームでね。僕がやったのは、スタイリングや、色とか。もうとにかくグループ分けしたのね。スーツとか、ミニマリズムのグルーピングと、カジュアルのグルーピング。もう1つは、ヨーロピアンテイストのグルーピング。その外に、あえてすごくへんてこりんなグループもつくった。
編集部
ユニクロのラインナップだけで?
ニコラ
そう。靴だけは違うブランドを入れたけど。クレイジーなチェック・オン・チェック・オン・チェックのすごいのをつくったりとか。柳井さんがイメージしている、ユニクロのテイストとは全然違うんだけど、ちょっと組み合わせればこんなこともできるんだよという夢を見せたかったのね。そして、このアイデアがマネキン用に使われるようになり、クリスマス用のウィンドーでプレゼンするようになって。それで「ニコラ、ちょっと来て」と言われて、いつも来るようになって今にいたった(笑)。
編集部
ニコラの持っている作品の生々しさって、どこから来るの? あるいは次に何が来る的なことはどうやって察知しているの?
ニコラ
次が来るというの、僕、全然わからないよ。気にしない。でも、何がいいかは、それは直感で、お腹で感じるものでしょう。頭で感じるものは、ああ、もうだめだ。もうわかっちゃっているから、もう反応が遅いなという雰囲気。GOTTA FEELING。怖れがない状態で、ピュアに、目や鼻を通って、もう体からグンと来る。それはいつも考えていることなんだけど、直感、一番ピュアな直感が正しいって信じているのね。例えば「黒のものをつくろう」と思うじゃない。そこで、黒というアイデアはどこから来たのかというのを考えていて、それは頭で考えたものか、直感で考えたものか、どっちなのかまず見分けができないと困るなと思ってるのね。頭で考えた黒だったらそれは間違っていると思うし、直感で考えた黒だったら合っていると信じているから、僕は。
編集部
頭で考えたものがうまくいかなかったとか、そういう経験もあるの?
ニコラ
多分そういうのがあるんだと思う。もう頑張って、頑張って、頑張り過ぎて目茶苦茶だめな時期もあったよ。あのときは頭でばっかり物を考えてたよね。で、永遠、何でだめだったのかなと考えて、それでなおさらだめになって。
編集部
Lady Gagaのは、服のアイデアがステージのアイデアになったりとか、演出になったりとか、照明とか、振り付けとか、すごいかけ算になってるよね。
ニコラ
でしょ? もうインスピレーションでGagaと話しまくってるから。
編集部
直接長い間話すの。
ニコラ
ものすごい話すよ。例えばミートドレスは、ガガを『ヴォーグオムジャパン』のカバーにしたのね、男の格好させて。で、付録のガガのセクシーポスター用にミートビキニをつくって撮ったのね。そして、その1カ月後ぐらいに、レッド・カーペットか何かで「何する~?」って電話でしゃべっていたら、ミートビキニのドレス版つくろうかみたいな。ほとんど、「レッド・カーペット大嫌いだし、ミートしてれば誰も寄ってこないじゃん?」みたいな感じで(笑)。
編集部
ミートビキニは、誰のアイデアだったの?
ニコラ
その日のヴォーグの撮影で、ポスターとあと何個か同時にやってたのね。何かもう、もうパンパンだった日で、服が足りなかった。もう、全部着ちゃって。でも裸じゃなと思って、そうしたら、その場でGagaが突然「ミート~!」みたいなことを言い出したの。たまたま誰かがスタジオの一階のスーパーにご飯を買いに行くので「じゃあ、ついでに肉を買ってきちゃおうよ」ってノリで。で、もう、みんなでペタペタと。
編集部
なるほどね。だからそのつくり方なんでしょうね。ニコラのファッションはやっぱり皮膚が気になるんですよ。ニコラもいつもタンクトップを着ているけど、ニコラのワークは皮膚の量がすごく多いと思うんですよ。ファッションって皮膚だと思うし、皮膚感覚もすごく生々しくて、派手でも絶対服が主役になっていなくて。
ニコラ
うん。そうしたらただのカタログになっちゃうから。ハイファッションって服が主役の文脈がすごい強かったと思うんだけど、そういうのはかっこわるい。一番かっこいいのは人間だから、どんなことしても。ただ、スタイリングとか服とかも、それを何かエンハンスするか、どうかだよ。
編集部
ニコパンダは、今のニコラのプロジェクトとして、新しい方向性を感じるね。
ニコラ
これまでは、いつも、僕は誰かのためにやっていたんですね。今まで僕にとって当たり前だったのは、だれかのためにスタイリングをしたりとか、だれかのためにデザインしたりとか。いつもだれかの後ろに隠れていた。今年は、自分から生まれたものとかもやりたいなと。将来的には自分のブランドをつくりたいから。あと自分の顔が、熊に似てるってよく言われるんだけど、ちょっと待ってよ、アジアの熊だからパンダでしょ?って感じ。
編集部
おもしろい、おもしろい。
ニコラ
とにかくやりたかったのは、僕がいなくて育っていくキャラクターをつくりたかった。あと、やっぱりアジアというのがすごい今大事な感覚で、僕はアジアから発信するものをつくりたかった。それで、ニコパンダをつくった。

編集部 やっぱり、ニコラ自体の生き方や物の作り方が、すごい生々しいと思う。Lady Gagaもライブでうそがない感じはまさに「生」だと思うの。それはフェティシズムとかそういうことも関係あるのかなと思っているんだけど、ニコラには特定のフェティシズムがあるの? なにかフェティッシュな対象はある?

ニコラ
フェティッシュはねぇ、ウーン……。そういうのはわかんない。僕、よく言われるのは「君はSMが好きなの?」とか、僕いつもレザーとか、ポリ塩化ビニルとか、そういうのばかり使っているから。いつも肌とか、タトゥーとか、マスクとか。でも考えると、ものすごくかっこいいビジュアルだと思って作ってるだけなのね。フェティッシュというそのアイデアにはすごく興味があるけど。そういう人たちが周りにデフォルトで存在してるってのもあるかもね。
編集部
最後に”What’s creativity for you?” 創造性って何ですか?
ニコラ
ウーン、何だろう・・・。それはもっと追求したいことだから、あんまり言葉ではわからない。クリエイティビティー・・・言葉であらわせないよ、やっぱり。かっこいい言葉をつくる人はいるからさ、その人たちが言えばいいんじゃない。