タイトル
物を売るための神話から、TRUTHのあるストーリーテリングへ

INTERVIEW

物を売るための神話から、

TRUTHのあるストーリーテリングへ

ポール・ベネット
Paul Bennett

聴き手
市耒健太郎[『広告』 編集長]
Ichiki Kentaro

今、世界の創造性の現場、ブランドとデザインとイノベーションの出会う先には、この30年間、常にIDEOがいる。歯ブラシ、Appleのマウス、介護病院や義足の設計から、英国議会におけるコンサルテーションまで、デザインを社会的概念にまで拡張しつづけてきたIDEO。カンヌフェスティバルに基調講演にやってきたIDEOチーフクリエイティブオフィサーのポール・ベネット氏と、創造性の未来について話し合った。


編集部
今日は、お忙しいところを、本当にありがとうございます。今日の取材への経緯を簡単にお話させていただくと、この雑誌『広告』では、広告業界にこれまであったマーケティングと広告クリエイティブの概念を大きく拡張して、芸術的思考と科学的思考の衝突を目指しています。博報堂にいる各部門の若手を集めて、これからの時代のクライアントやメディアを引っ張っていけるような新しい創造性への構築を考えようじゃないかと。そこで、IDEOのクリエイティブ部門を率いているポールさんに、ぜひ今の広告業界への率直なご示唆をいただければと考えています。
ポール・ベネット(以後、ポール)
僕自身、広告業界で働いていたことがあるし、広告業界とイノベーションは本当に密接な関係にあるから、今まさに転換点に来ているのが、よくわかるよ。俯瞰して構造を変革しようとするのは、素晴らしいし、IDEOの哲学にもものすごく精通する部分がある。
編集部
ポールさんも、広告業界だったんですか。バックグラウンドはやっぱり、アートですか。
ポール
アートディレクターです。でもカンヌに来るのは実は初めてで。これってもう広告祭じゃないんだね。
編集部
まさにこのカンヌフェスティバルも、「広告祭」から名前を変えて、「創造性祭」という名前に変えました。その真意は、やっぱり「広告」という概念が完全に経年劣化して、壊れているわけですよね。創造性を、コピーライターやグラフィックデザイナーといった閉じた世界で話している場合でもないだろうと。そこでポールさんのように、先進的なイノベーションファームを率いている方から、たとえば建築家レム・コールハース、ハーバード・ビジネス・スクール、MIT Media Labなどを呼んで、まさに今のカンヌでは、美大と工科大とMBAを掛け算したようなセミナーが、毎日開かれているわけです。

まず、IDEOはカリフォルニアを起点に、すでに世界中に拡大していますね。社員は何人で、そのうちデザイナーは何人ぐらいなんでしょう。

ポール
カリフォルニア西海岸の小さなデザインファームだった僕たちは、今や世界11ヵ国にまたがるデザイン会社になった。アジアが4つで、東京にもある。従業員はぜんぶで640人ほど。

デザイナーの数というのがポイントなんだけど、広義でいうと僕たちはIDEOの全員がデザイナーだと考えている。それは、生活を観察して、何かをイノベートするプロフェッショナルとして、IDEOに所属していたらデザイナーだと。いわゆる古典的なグラフィックデザインやプロダクトデザインの専門教育を受けている人という意味だと、そのなかの3分の2になるだろう。

編集部
まさに、その広義のデザインという部分に、とても興味があるんです。たとえば、20世紀半ばを生きたオーストリア出身のヴィクター・パパネックは、デザイナーでありながら、フランク・ロイド・ライトから建築を学び、エスキモーと暮らして生活を研究するなど、「デザイン」という概念を単なる紙の上の概念から、生態学的な思考領域へと拡張した、中興の祖だと思っているのですが、IDEOはまさに中興第二の祖じゃないかと考えているんです。たとえば僕たちに広告の仕事が来ると、前提としてCMをつくってくれと言われるのですが、実はソリューションの本質はテレビ枠に流れる映像なんかにはもはやないことが多い。そのときにはIDEOがデザインをイノベーションとして捉え直して、拡張し、クライアントの意識や社会の意識までを変えたように、広告業界の在り方も同じように、拡張し、進化しなければならないと考えています。
ポール
僕らも広告会社と似た制作物をつくることもあります。しかし広告を成功させることが目的でないのが、広告会社とは違うんだよ。じゃあ、何が僕らをユニークにするか。それは2つのフィロソフィーを大事にしていて。その2つとは「TRUTH(真実)」と「IMPACT(強さ)」なんだ。これがいいコピーだとか、デザインとかではなく、IDEOはその2つに向かって、とにかく世界一誠実な会社であろうとしているんだ。

まずTRUTHっていうのは、人々がどう生活するかをとにかく観察して、人を理解しようとすること。人は生活のどういう局面で、なにを必要とするのか、なにを欲するのか、どのようにコミュニケーションをするのか。僕たちは「出どころのない、物を売るためだけの神話」をこしらえることには一切興味がなくて、すべてのストーリーにはそういう人の生活にやどるTRUTHがあるかどうか。まずそこが僕の判断基準になる。

もうひとつはIMPACT。これはTRUTHを発見したあとに、デザイナーがそれを世の中にそのまま提示するようなものを造っては意味がない。やっぱり創造的なものは、TRUTHに発見があって、そこからデザインされるものにも跳躍がなくてはならない。人の心に梃子が当たってなければならない。構造にも、使用方法にも、新しい発見がなければならない。そういう意味のIMPACTというものを大切にしているんだ。

編集部
IMPACTというのは広告業界ととても類似していますが、出どころのない神話を嫌い、TRUTHを求めるというのは、アンチ広告業界的でもありますね。ただ世界の広告業界の大きな潮流を見ていると、やはりTRUTHに向いているのかも知れない。つまり広告業界のCMプランナーがクライアントと一緒に神話を書くというのはやっぱり旧世代的な1:Nのコミュニケーションの時代で、今のようなN:Nの時代になると、無数の小さくて、魅力的な物語が、世界中でうごめいている。つまりそういう出どころのない神話が効かなくなってきたから「仕方なく」というのが半分、あとは広告クリエイター自体が、能動的な文明の兆しとしてTRUTHに向かっているのが半分。
ポール
このTRUTHの部分が、本当に本当に大事なんだ。それは僕たちが、どんな企業で働いていようが、どんな業界で働いていようが、関係ないよ。僕たちがひとりの人間として、生き方として、立脚できるものがあるか。コピーライターだろうが、デザイナーだろうが、営業だろうが、関係ない。どんな状況に立たされようと、クライアントに対しても、社内に対しても、人が望むものはこれです、と胸を張って言えるものがあるかどうかが、これからのクリエイターのすべてを決めると思う。

そしてそのTRUTHだけにこだわったからこそ、IDEOは成長できた。IDEOのこれまでの成長は、僕たちが計画してきたものでは一切ない。TRUTHに賛同してくれたクライアントが、新しい仕事をお願いしにきてくれたから、一歩一歩大きくなったんだ。もっと正確に言うと、IDEOの成長はクライアントの知性によって支えられてきたとも言える。

編集部
理想的です。
ポール
でも本当なんだ。僕らはフィロソフィーを明解にした。クライアントは「発明する」と「売る」という本来非常に複雑な関係を持つ2つを扱わなければならないときに、突き抜ける本質的な解を得るために、僕らの考え方に戦略的に乗ったとも言える。僕らからしてみれば、知らない業界、領域ばかりが、クライアントの意向で拡張されてきた。
編集部
TRUTHとIMPACT。まさに、すべての創造性に通底する、強くて素晴らしい哲学ですね。IDEOは実際に、iPhoneのケースデザインから、リハビリセンターの設計、買い物かごに、英国政府でのコンサルテーションまでやられていますよね。その領域がきわめて広い。デザイン面や思考において、それだけ広すぎると困ったりはしないんですか。
ポール
IDEOのどのプロジェクトにも根底には同じ思想が流れているから、プロジェクトにたずさわってくる技術や恊働者は、もちろん臨機応変に変わるけど、まったくもって自然にできていると思うよ。

たとえば、英国政府での仕事も、僕たちが彼らから選出されて、受動的に、仕事が始まったんだ。実際に国会でプレゼンもさせられた。500人もいる議員たちは、なんでデザイナーなんて職種が神聖な国会に来てるんだ、と最初は、かなりいぶかしげだった。ちょっとした罵声もあった。国会だから、血の気の多い政治家もいる。で、僕らは言ったんだ。僕らはデザイナーです。デザインのために、生活するひとびとを見つめる。ひとびとが仕事する様子をじっくり見つめる。学校に通う姿をじっくり見つめる。親子の関係を見つめる。そういうプロセスの中から、生活の根底にある本質を見つめて、生活をよくするソリューションを出すんですと。すると、一人の議員が急に叫んだ。「それがまさに政治家がすべきことじゃないか!」と。いつの間にか、罵声は、僕らを歓迎する大きな歓声に変わっていた。

それは僕らも気付いていなかったんだけど、デザインと政治ってそういう意味でまったく同じ根底があるんだなと、その場ではじめて気付いた。生活を見つめて、暮らしをよくすること。政治家は法律を使い、僕らは手とか三次元造型を使う。ツールが違うだけで、ゴールはまったく一緒なんだ。

今の時代は、なおさらTRUTHの時代だ。みんなただの商品ではなく、意味があって、人々にコネクトするものを探している。だから、政治も、企業も、関係ない。現にIDEOはものすごい勢いで拡大しているし、対応するクライアントの業種も増え続けている一方で、その考え方は本当に創業30年以来、まったく変わっていないと言える。

編集部
議会の話し、感動的ですね。ポールさんとお話をしていても、また近年の世界の潮流を見ていても、製造業におけるスペックの差はもうなくなってきているし、モノが行き渡ってもそれが幸せにつながるとは限らないぞという経験をしたことで、僕は今の地球上では「コンテンツ(制作物)よりもコンテクスト(文脈)の方が有効になっている」ことを強く感じるんですね。そして、そこにはTRUTH、それこそHUMAN TRUTHが一番根底にあるんだとお話を聞いていて、強く感じました。

さらに、僕が掘り進んで聞きたいのは、「イノベーションのレイヤー」についてなんです。まず一番表層的な表現としての「広告」、その下に「商品」、その下に「UX(ユーザーエクスペリエンス)」「UI(ユーザーインターフェース)」、その下に「アーキテクチャ(すべてを生み出す構造。企業文化やビジネスモデルも含む)」としたときに、どういう風に垂直移動しながら、クリエイティブの風土を保って行けばいいか。

ポール:ここ近年の大きな変化を話そう。それは、クライアントが僕らにもとめるものがついに変わりつつあるんだ。彼らは昔は、なにを作ってくれって言いながら、やってきたんだけど、最近は、僕らはなにを作ればいいですか?っていいながら、IDEOに来るようになったことだ。つまりテーマから一緒に考えようってこと。

これからの僕たちの仕事はより一層、ただ単にプロダクトを作るだけではなくて、問題設定をしたり、問題自体を浮き彫りにしたり、社会にテーマを提起したり、ビジネスモデルと社会の関係性を構築したり、そういう対話になっていくだろう。それは君が言うように、世の中で期待されているものが、広告より商品、商品スペックそのものよりも、体験価値、さらにその根底の社会的変化とつながるものになっている傾向がある。

編集部
生活者の目線を強くするということ、そしてインパクトを強くするということは、一見相反するようにも感じますが、IDEOではそれらをどう両立しようとしているのでしょうか。たとえばIDEO流のワークショップ形式。知恵を吸い上げて、アイディアを探す過程を尊重しすぎると、最大公約数がどんどん小さくなって、月並みで融和的すぎる結果に陥るのをどう防ぐのでしょうか。
ポール
それは非常に本質的ないい質問。コレクティブインテリジェンス(集合知)はインプットで、そこから統合してクリエイティブの焦点を定めていくのは卓越した個人のデザインワークと言えるだろう。
編集部
デザイナーを強く鼓舞する方法は、どういうものがあるんですか。
ポール
とにかく「シンプルにしろ」ということ。無理に派手にジャンプしたものはダメで。多元的な要素がインプットの段階で持ち込まれるのは当然で、むしろ健康なこと。でもそれを、思いっきりシンプルなものにしなくてはならない。テクノロジー、エルゴノミクス、生活習慣、あらゆる観点を統合し、シンプルなソリューションを持つこと。一番ダメなのは、そういう複数のポイントをただくっつけただけのもの。それはイノベーションじゃない。僕が好んでつかう喩えは、らくだなんですけどね。要素が昇華しきれてない、ふたこぶらくだみたいなのは、持ってこないでね、って。

編集部
さらにIDEOをIDEOたらしめているのはスタンフォード大学内にあるd.schoolだと思います。数年前のエコノミクス誌では「B-SCHOOLからD-SCHOOLへ」という記事が出ました。つまりB=ビジネススクールが持つ四半期毎の利益、企業経営、マーケティングにおける最適解を出すという問題設計よりも、D=デザインが持つ人々の心理、生活、人生、文化、エコシステムを貫通できる問題設計の方が、より本質的で創造的ソリューションを社会に提供できるのではないか、ということです。

僕が最近感じているのは、良い会社はより大学みたいに、良い大学はより会社のように、急速になっているということです。d.schoolを作ったのはまさにIDEOの創業者のデイヴィッド・ケリーです。その辺りの循環や相乗効果はいかがでしょうか。

ポール
君の言う通り。IDEOは世界中見てもきわめてアカデミックな文化だし、そうあろうと努力している。まず第一に、クライアントはコラボレーションを求めている。コラボレーションとはすなわち越境であり、いろいろなバックグラウンドのひとがぶらぶらしている「必要」があるんだ。そこにはテクノロジー的なソリューションを持つひともいれば、文化人類学的なソリューションを持つひともいれば、デザイン的なソリューションを持つひともいる。オフィスデザインも、壁の位置、椅子の配置からなにまですべてが、コラボレーションのために設計されているし、クライアントもその空気をすぐに吸ってくれる。多種多様の才能を求めて、大学っぽくなていくのは自然な流れなのかも知れない。

一方で、d.schoolは、もうこれは僕が若かりし頃に通ったイギリスの美大そのものの雰囲気だよ。自由で実験的で創造的な雰囲気。デイヴィッドの初期設計が良かったんだと思うけど、アカデミックな権威を単位制度とかも含めて持とうとしなかった。学部としてではなくなにかを専攻している学生が参加してくる仕組みとして始めたのが、今の自由さにつながっていると思う。なによりも大事なのは手法論ではなく、文化なんだ。

編集部
IDEOとd.schoolの境界はどうなっていますか。学生がIDEOに来たり、IDEOのスタッフがd.schoolに遊びに行ったりは、しょっちゅうですか?
ポール
設計者が一緒だし、地理的にも近いから、もちろん交流はさかんだよ。もちろんd.schoolの方がラーニングに重きを置いて、IDEOがコンサルティングに重きを置いているが、IDEOも会社としては、極めてラーニングを尊重する会社だ。実際にIDEOにいると、デザイン会社にいる気も、広告会社にいる気もしない。そこにいるすべての従業員が、ラーニングを非常に大切にしていることが分かる。またd.schoolの卒業生がIDEOで働きたがってくれるのもうれしいインタラクションのひとつだよね。

学校と企業の循環というのは、まさに君の言う通りで、つまり、「教育と実践」の創発的関係が、これからの時代のキーになると思う。d.schoolが地元小学校の子どもと一緒に商品開発をしたり、僕たちが医療系大学とヘルスケアにおいてプロジェクトをやったり。

編集部
デジタルデヴァイスやアーキテクチャに対する、特別な哲学はIDEOとして持っていますか。
ポール
フィロソフィーレベルでいうと、僕らはカリフォルニアに本部がある会社なので、デジタルネイティブであるということは、論じるまでもなく当然だ。イノベーションに関して言うと、デジタル時代に大事なのは、まずなんでもあっという間にプロトタイピングできるということ。頭に浮かんだら、どんどんプロトタイピングすることがなによりも大事だ。

もうひとつは、未来を予測するのが僕らの仕事だということ。だから、デジタルデヴァイスやロボティクスのことは、当然、本質から理解しておかなければならないし、それが仕事だ。実際、クライアントのイノベーションにも、ほとんどがデジタル解決することが多い。ただ、一方で、シリコンバレーにいると、ひとつひとつのニューテクノロジーは、電光石火の早さで生まれては消えて行くということを理解しなければならない。そのひとつひとつを必死にキャッチアップしようとするのは本末転倒だよ。

編集部
IDEOのように強い戦略性とフィロソフィーとデザイン実行力を持つ企業は、広告会社にとっては当然大きな脅威となります。対広告会社という意識はいかがでしょうか。
ポール
まず僕らは拡大しようと思って拡大することはこれまでもないし、これからもないということ。すべてはクライアントのニーズが決めることだ。それが一つ。そして、クライアントとの関係に、真実と誠実さが見つからないと僕らは仕事をやらないということ。僕たちはお金を稼ぐために、拡大することは決してない。ただね、転じて広告業界を見てみると、僕らになくて、広告会社にあるのは「規模」だ。なぜその規模を利用して社会にいいことをしようとしないのか、よりよいやり方で、社会にコミュニケーションをとろうとしないのか。僕はそこに大きな潜在的な可能性があると思うよ。広告業界の人材は才能であふれているんだから。
編集部
『ART OF INNOVATION』の本を読むと、IDEOの血肉に流れる強さは、デイヴィッド・ケリーのカリスマ的影響も大きいですよね。ポールさんは、チーフクリエイティブオフィサーとして、どのようにしてその遺伝子を継承して、現代化しているんですか。
ポール
IDEOに引き継がれているいくつかの重要な風土がある。まずは、笑っちゃうようで、一番大事なこと。それは楽観主義。つまり、だれもが世の中の進化の可能性を信じて、疑わないこと。そして、もうひとつはカルチャーのミックス。IDEOは、まさにカリフォルニアのいいところと、ヨーロッパのいいところを衝突させて、企業文化ができているんだ。カリフォルニアが持つ「革新性」と、ヨーロッパが持つ「伝統的で本質的な美意識」。その相反する2つがぶつかりあっているのがIDEOなんだ。僕はそういう多様性の衝突を楽しみながら、IDEOらしさを継承しているとも言える。テクノロジーは毎日変わるけど、原点はなにも変わらないんだ。
編集部
ポールさんご自身も、イギリスで教育を受けながら、アメリカに住んだり、あるいは幼少期の長い間、シンガポールで育った経歴も、そういった多様性を好む気風を生んでいるのではないでしょうか。
ポール
自分ではよくわからないけど、僕が幼少期に、シンガポールやアジアで育った経験は、美意識に大きく根ざしているはずだ。実は、僕は日本が大好きで、日本からもものすごい影響を受けていると思う。たとえばOMOIYARIという概念。「人を想う」ことをここまで美しくとらえた思想は、他の文化にはないんだよ。震災直後の石巻に行かせてもらったけど、その被害の甚大さに驚愕すると同時に、やっぱり日本人のOMOIYARIの底力を見て、心が震えた。そういう哲学は、対話相手がだれだろうが通用するし、世界中にこの美しい概念を伝えるべきだとおもって、僕はよく話しをするんだ。

みんな、デザイナーというと勘違いするんだけど、もちろん技巧としてのプロフェッショナリズムは当然だが、本当にすぐれたデザイナーの仕事は、世界中で起こっていることに「触発される」ことだ。デジタルの世界で起きている新しい喜びと悲しみ、リビアやエジプトで起きている新しい民主主義、中国で起きている消費と環境の問題、日本で起きている経済と文化の問題、TEDで話されてる科学と感性の問題、それらをつぶさに観察して、あるときは怒り、悲しみ、感動する。そういった経験を一人の人間として積み重ねていって、目の前の仕事に、ひとりの人としてすべてを統合して、問いかけることがすぐれたデザイナーの仕事だと思う。

僕たちが作るもの、ここには、この世界を本質的に良くするイノベーションが果たしてあるか、ということを。