タイトル
HYPER ISLAND 授業も教科書もないデジタルハーヴァード

直訳すると「ぶっ飛んだ島」という意味を持つ教育機関が存在する。HYPER ISLANDと冠したスウェーデンで生まれた学校だ。実際にその名に負けないほど、そのコンセプトは世界でも類を見ない。ますます加速するデジタル技術のスピード。そんなハイパーな環境にハイパーに応えようとしているのがHYPER ISLANDなのだ。知識の更新スピードをあげるために実践と教育をエクストリームに融合する。そんな彼らの取り組みについて、CEOジョアンナ・フレリン氏に話を聞いた。

監獄からのスタート

学校の歴史は1995年にさかのぼります。当時のハイテク技術、CD-ROMの活用法について議論していたデイビッド・エリクソン、ラース・ルンダー、ジョナサン・ブリッグスという3人のスペシャリストがそのころ強く感じていた疑問が創立の原点となったのです。実社会には、テクノロジーの進化に適合する人材が、あまりにも欠如しているのではないか。その根源は教育にあるのではないか。1年後、この3人はスウェーデン南部、スタムホールメン島の旧監獄を買収して、そこにHYPER ISLANDを設立しました。

現在はデジタルメディア・マネージメント、モバイル・アプリケーションなどといった、8つのフルタイムプログラムが提供されていて、コースの期間は36週間から90週間と多岐にわたっています。専攻プログラムのリストを見るだけでは、HYPER ISLANDの特別さはわからないでしょうね。でも、実際にキャンパスを訪れてみれば他の学校との差が一目でわかるはずです。

教室がない 教科書がない

まず校内を見渡すと、オフィスのような広いスペースがあるだけ。ここにはクラスルームという概念がないのです。ビジネスの場で行われているクリエイティブ・プロジェクトは、チームワークを基に行われるものです。そのようなビジネスの実践環境に近い場づくりが我々の基本ポリシー。だから、閉じた空間である教室という概念を捨て、徹底的にオープンな場を、空間的/人間関係的に構築することにしたのです。HYPER ISLANDでは学生は他の学生と協力し合うだけではなく、スタッフとも密に関係を築くことを重視しています。現に我々スタッフもスタッフルームがなく、学生と同じ場で作業をします。私もCEOとはいえ、自分の個室は持っていないんですよ。唯一存在する「部屋」は、個々のプロジェクトメンバーが集う、プロジェクト・ルームのみです。

そして、もう一つ、我々の学校には教科書という概念がありません。プログラムで取り扱う内容において、最も多く、また最新の情報が掲載されているのはインターネット上です。日々進化するテクノロジーの中では、出版物として出版された時点でその内容は風化していく。だから、教科書というものは我々の教育にはマッチしません。
 この考え方は講師陣にも当てはまります。HYPER ISLANDでは「常勤の教授・講師」が存在しません。これも教科書と同じロジックで、ひとつの内容に特化した人を雇った場合、その人の専門知識は3,4年もすれば風化してしまいますから。唯一、常勤で存在するのは、ラーニング・ファシリテーターという、クラスをコーディネートする人材のみです。
 一方で、その時のテクノロジーの状況に応じて、第一線で活躍する人物をゲストスピーカーや講師として選定しています。つまり、このハイパーなデジタル時代の教育においては「なにもない」のがベストなのです。教科書も専任講師もましてや毎年の決まったカリキュラムも存在しません。時に応じて適材適所にカリキュラムの内容、講師陣を当てはめていくのがもっとも効率の良い教育と言えるでしょう。

学び方こそ、学ばなければならない

では、もう少し具体的にプログラムの内容についてご説明しましょう。授業は5週間の<モジュール>というプログラムが核になっていて、「Work-Based Learning」がコンセプト。理論より実際にプロジェクトに携わり、手を動かしながら学んでもらいます。その第一歩としてまずはクラスメイトで10人前後のグループを編成。ひとつひとつのグループがクリエイティブ・エージェンシーとして機能し、実在する企業からの課題を解決する。
ここで特徴的なのは全員がクリエイター役になるのではなくて、あたかも実存する会社のようにCEOやプロジェクト・マネジャー、広報担当者、プログラマーなどを各グループのメンバーで分担すること。実際のビジネスの現場では、クリエイターはクリエイティブのことだけを考えていればいいわけではありません。予算管理、進行などを考慮しながらプロジェクトを進める必要があります。その理由から、全てのメンバーがプロジェクトごとに様々なポジションを担当し、タスクを多方面からこなすトレーニングを促進しています。

現実のクリエイティブの世界を考えてみましょう。クライアントがいて、解決すべき課題があって、そこにチームを組んで、コアアイディアとデジタルソリューションあるいは芸術的ソリューションをブレインストーミングで考えだし、具体的な開発にいくかもしれない。あるいは開発が途中で頓挫して、企画会議、あるいは問題設定自体に戻らなければいけないこともあるかもしれない。つまりテストや教科書といった画一的なカリキュラムは、クリエイティブの現場のダイナミクスにはあてはまらないのです。つまり、学生は、物事の進め方、考え方、学び方こそを、自ら学び、自由に世界を縦横無尽に動ける力を身につけなければならないのです。

我々は、テストで個々の能力を計るより、ビジネス界の人間からフィードバックを得る方が学生にとって身になると考えているので、実際に試験というものはありません。課題を提供する企業は150社にものぼり、「Learning Partnership」という形でHYPER ISLANDを協賛。そのかわり、学生との共同プロジェクトを経て生み出されたアイデアの知的財産権は企業側が所有できる仕組みになっています。
 このパートナーシップ提携をする企業の中に韓国の電気メーカー、サムスンがあります。あるモジュールでは、4G携帯電話の特性を生かして、人間関係に密接な新たなサービスを生み出すという課題をHYPER ISLANDの学生に託しました。学生グループの一つはSamsung BreezeというiPhoneで言うSiriの機能を通話と組み合わせた機能を提案。会話の内容を携帯電話が自動的に認識し、自動でインターネットで検索などを行ってくれる仕組みです。我々が考える『テクノロジー』。それは『社会を変革するテクノロジー』のことを言います。そのような意味では、現実社会に結びついたプロジェクトを数多くこなすことが大切なのです。

世界中で評価されるデジタルネイティヴクリエイティブ

例えば「デジタル・メディア」コースは90週間のコースでは、その内の3分の1、30週間は企業へのインターンが占めています。これは「実社会での経験重視」という考えの表れで、現に3人に1人がこのインターンを通じて職を得ています。98%の学生が卒業後6ヶ月以内に職にありついていて、また4人に1人の学生が就職に際し3社以上からオファーがありました。これはHYPER ISLANDの教育手法が企業の支持を得ている良い指標になっていると自負しています。
 この実践型教育は世界中から大きな注目を集めています。学生の50%は外国人で、世界35カ国から集っていますが、総学生数が400人という規模を考えると、まさにキャンパスは人種のるつぼといえるでしょう。現在はストックホルムにもキャンパスがあり、修士コースをイギリスのマンチェスターで提供。社会人向けや企業研修を目的としたコースもあって、そのための拠点としてニューヨークとロンドンにもオフィスを構えました。アジアでのワークショップも開催しています。

TBWA Chiat Dayロサンゼルスオフィスのチーフクリエイティブオフィサーのロブ・シュワーツ氏はHYPER ISLANDのことをこう形容している。
HYPER ISLAND = DIGITAL HARVARD」
 HYPER ISLANDこそ止むことのないテクノロジーの進化に呼応する、デジタル教育の「あるべき」姿なのだ。