タイトル
遊びがつくる世界へ
著者 / 話者

『梁塵秘抄』と『ホモ・ルーデンス』

「遊びをせんとや生れけむ」
 後白河法皇の編になる『梁塵秘抄』で歌われた、平安時代末期の子どもたちの遊びの風景である。あたかもそれのために生まれてきたかのように、遊びに熱中している子どもたちの一心な姿には、だれしも心魅かれるものを感じるに違いない。
 それから約7世紀半後のヨーロッパで、同じようなことを言った人がいる。オランダの歴史学者ホイジンガは、『ホモ・ルーデンス』(ラテン語で「遊ぶ人」の意味)という書物を著した。人は遊ぶ生き物であり、すべての文化ははじめ遊ばれていた、つまり、人間が蓄積してきたあらゆる文化の根源は遊びであると看破した。まさに、文化をもつヒトという種は「遊びをせんとや生まれけむ」ということを、この碩学は述べたのである。

とらえがたい、しかし明瞭な遊び

遊びは、実にとらえがたい現象である。まず、その種類が多すぎる。しかも、変化が早すぎる。
 遊びを集めて百科事典を作った人は、これまでも何人もいるが、事典が刊行されたその瞬間に、子どもたちはまた別の遊びを作り出している。つまり、遊びの収集には終わりがないのである。生物種も世界の言語もそれなりに多様であり、収集に手間取ってきた分野であるが、遊びほど変幻自在な対象は他にないだろう。
 しかし、遊びにはもうひとつ別の特徴がある。これほど収集と分類が難しいにも関わらず、見ればそれが「遊びだ」とすぐに分かってしまうという、不思議な明瞭さがある。フランスの社会学者カイヨワは、やはり遊びの収集と分類に熱を上げた研究者のひとりだが、地球上の全地域から多くの遊びの事例を集めて事典を作った時も、すべての遊びが自分の理論の範囲内だったということを述べている。遊びには、文化によらない普遍的な文法があるのだ、と。
 アフリカの熱帯雨林の子どもたちは、森の草木を上手に組み合わせて、ドーム型の小屋を作る。その社会のおとなが作る簡素な小屋をよく模しているという意味で、その社会の文化の影響を強く受けている。しかし、そういった場所を作り、中に入り込んでキャッキャと騒いでいる姿は、日本の子どもたちが段ボール箱で秘密基地を作っているのとまるで変わらない。森歩きを知らない日本の都会の子だって、アフリカの森に連れて行ったら、1週間もすればヤリをもちワナをしかけて遊ぶ立派なハンターになることだろう。
 遊びは表向ききわめて多様に見えるが、実は根っこのところでは、あらゆる人に共通にそなわった能力から生まれ出てくるのではないか。ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』はいくぶん思弁的な文明論であったけれども、その後に続く遊びの実証的な研究は、どうやら20世紀初頭のこの碩学の直感を確かに裏付けているようである。

「遊ぶ力」とは何か

さまざまな先行研究を参照してみると、遊びにはひとしく次のような特徴がそなわっている。
(1) 自由である。
 遊びには決まりきったふるまい方の道が用意されているのではなく、遊ぶ人の自由な裁量に任されている。言い換えれば、選択肢が多く、先の展開を自分たちで創ることができる。
(2) 時間、空間が限定されている。
 遊びは「無秩序」とは違うため、何らかの規則(サッカーのルールでも、おままごとの手順でもよい)がある。しかし、それはある時間、空間の中だけで守られるものであり、必ず終わりがくる。また、規則もしばしば遊ぶ人たちによって自由に変えられていく。
(3) 無報酬で遂行されうる。
 遊びの結果、何かの利益(金銭、おいしい物、エネルギーなど)が得られる保証はない。釣りやギャンブルのように、たまたま利益が伴うこともあるにはあるが、それだけを目的として行われるものではない。しいて言えば、楽しさ、喜び、おもしろさなどと呼ぶことができる心理的報酬が伴うていどである。それでも、人びとをその行動へと衝動的に駆り立てることができる。
 これらの特徴を眺めわたすと、つまり、遊ぶ力とは、「(3) むだなことでも、(2) 限られた時間と場所の範囲で、(1) 自由にやってみることができる能力」とまとめることができる。むだなことを一生涯やれとは言わないものの、時間と場所を限った上で自由にやってみて、何も得られなくても徒労だと思わず、それなりに満足することができる。そういう力を、私たちは生まれながらにしてそなえているということである。

人類の進化と遊ぶ力

研究者は、ここで余計なことを考える。なぜ、ヒトはこのような遊ぶ力をもつようになったのか。それは、ヒトが自然の生態系の中で独自の進化を遂げていく上で、何かの役に立っていたのであろうか。言い換えれば、この能力をそなえていたために、生存の上で得になったことはあったのか、そして、それをもたなかったことで損した種はあったのだろうか。 実は意外な分野から、このヒトの遊びの能力について熱い視線が注がれている。それは、「交替劇」と呼ばれる、人類進化上の大事件のなぞを解き明かす研究である。
 かつてユーラシア大陸には、ネアンデルタール人と呼ばれる人類が広く生活していた。私たち現生人類(ホモ・サピエンス)と同等か、それ以上の大きな脳をもち、石器の文化を有し、さまざまな精神文化の痕跡を残している、私たちと最も近縁である異なる人類種である。しかし、アフリカに新種の人類集団が出現し、それが続々とアフリカ大陸を出てユーラシアに乗り込み、それとほぼ時を同じくして、ネアンデルタール人は地球上から姿を消していった(「交替劇」)。新たに乗り込んできたこの新種とは、私たちホモ・サピエンスのことである。
 いくつもの人類種が地球上に共存していたこの時代。いったい何が種の運命をわかつ要因となったのか。そこで注目されるのが、「ホモ・サピエンスの文化変化の早さ」である。
 ネアンデルタール人もホモ・サピエンスも、石器の文化をもっていた。しかし、その傾向は異なっている。ネアンデルタール人は石器文化を完成させると、何万年も同じ石器を作り続けた。技術の体系を文化として学習し、次世代に伝承する能力に長けていた。
 一方のホモ・サピエンスはどうか。ある種の石器文化ができたと思ったら、あっさりとそれを捨て去って新しい文化を創り出す。それもまた放棄され、また別の石器のセットを発明する。文化変化がきわめて早いのである。
 ネアンデルタール人を、「実直で頑固な職人」風に例えるならば、ホモ・サピエンスは、次々と新しい思いつきを試しては捨ててしまう「移り気で奇抜好みの芸術家、発明家」風に例えることができるだろうか。
 この違いが、変化に富む自然環境の中で、ホモ・サピエンスにとって有利に働いた可能性がある。生活様式の選択肢が多い方が、複雑な環境にきめ細かになじんでいけるからである。そして、次々と新しい思いつきを試す原動力となったのが、「むだなことでも、限られた時間と場所の範囲で、自由にやってみることができる能力」、すなわち「遊ぶ力」だったのではないか。
 ヒトは遊ぶ力をもっていたからこそ、無目的で無方向的な新しい行動をいくつも発明した。そのほとんどは、まさに「児戯」として、一瞬現れてはすぐに忘れ去られていったであろう。しかし、まれにそれらが新しい石器を生み、狩猟具を作り、奇妙な物も食物に加え、動植物と自然環境の知識を生み、知らない土地でも暮らせる知恵となって、新しい生活様式を創りだすきっかけをもたらした。つまり、むだを承知で新しいことを楽しんでしまう力こそ、私たち今日のヒトの社会をつくる原動力となったと考えられる。
 それがなければ、文化変化を続けながら新しい環境になじみ、アフリカを出て、世界中の大陸と島じまに移住することなどできなかったはずである。もしも私たちの祖先がみな新しいもの嫌いだったら? おそらく、今日もアフリカの乾燥サバンナを二本足で駆け回り続ける、熱帯産の霊長類の一種であり続けたに違いない。
 以上のストーリーは、現時点では実証されたものでなく、仮説の域を出ていない。しかし、人間の創造力の源泉として遊びに研究者たちの関心が集まっているということは、私たちの社会のあり方を見つめる上でも重要な示唆をもたらしてくれる。

遊びを管理する近代のシステム

このように考えると、遊びは人間にとってとるに足らないものどころか、今日の社会が成立する上で根幹にあった重要な能力であり、行動である様子が浮かび上がってくる。
 遊びは、近代の政治、経済、教育などの諸システムによって抑圧され、管理される領域との位置づけを受けてきた。職場や学校では、遊びを排除した時間帯を設定しつつ、その一方で、スポーツやレクリエーションという形での管理された遊びが許可され、奨励されてきた。「心身の健全な発達」といった目的が設定され、そのために遊びが動員され、子どもたちはおとなによって「遊ばされる」。保護という観点で、子どもたちから自由に遊ぶ環境を奪いつつ、「最近の子どもたちは遊べない」と論評する。
 企業でも、遊びの要素を取り入れようとする動きがあると聞く。そのことで新しいアイディアが生まれ、商品開発やサービス改善につながるであろうとの期待であろうか。
 これらの取り組みの是非や効果はさておくとして、近代の諸システムが、いちど遊びを排除しながら、今度は遊びを従属させて再び利用しようとする動きは、人類史の長い視野で考えた時、どこか本末転倒の姿に映ることがある。
 たえまない遊びの繰り返しの果てに今日の私たちの社会があり、遊びを管理しようとする近代の諸システムはごく最近の発明にすぎない。人間社会を創った遊びというお釈迦様の大きな手のひらの上で、遊び的でない人為的なシステムが孫悟空のごとくくるくると回っている、そんな光景が目に浮かぶ。人の遊び心は、そんなに簡単に管理・統制できない。私はそのように見ている。
 オランダのホイジンガが『ホモ・ルーデンス』を著した時代、それは、ヨーロッパでナチスが台頭した時代であった。ナチスは青少年の育成のためにレクリエーションとして遊びを国家管理のもとに置き、国民総動員の手段と位置づけた。『ホモ・ルーデンス』が著されたもうひとつの動機、それは、このような国家権力による自由な人間精神の統制に対する批判であった。
 ライデン大学の学長を務めていたホイジンガは、オランダの支配者としてライデン大学の閉鎖を強要したナチスに頑強に抵抗して「危険人物」と見なされ、強制収容所に入れられた。そして、ナチス支配からの解放の日を見ることなく世を去った。『ホモ・ルーデンス』は牧歌的な遊び論に見えて、実は命を賭して人間精神の自由を擁護し続けた、ひとりの知識人の告発の書でもあったのである。

遊びながら変化を待つ

人間は、遊びとともに地球上に出現した。このことから、現代日本社会の私たちが学べることは何だろうか。
 大事なことは、「職場や学校に遊びを取り入れねばならない!」などと、まなじりを決してみたりしないことである。
 遊びは、あくまでも自由で無目的、無報酬の営みである。それが、硬直した組織をほぐし、新しいビジネスや教育を生み出す原動力になることがあるかもしれない。しかし、そうならないかもしれない。遊びは、何か有益な結果を保証してはくれないのである。ただひとつ言えるのは、遊びの自由さの中に、変化のきざしが満ちあふれているということである。
 何も生まれないことがあってもいいじゃないか、というくらいの余裕=遊び心をもって、変化が自ずと育まれていくのを待ってみる。そういう時間感覚を大切にしたいと思っている。ぷらぷらと歩いてアフリカを出て行き、奇妙な石ころを尖らせて投げ、見慣れない植物を口の中に入れてみた私たちの祖先。その当時は、何も五大陸を制覇し、70億の人口を支える巨大な経済システムを構築しようとする意図など、さらさらなかったはずである。
 さまざまな指標と言説で、閉塞的な状況が語られる日本の社会をどうするか。それはそれとして、時間と空間限定で、ちょっとむだなことを許し合うのはいかがだろうか。それが実益につながるかどうかは、キラリと光る革新が起きたときに、素早くそれを拾い上げて育んでいけるかどうかにかかっているだろう。
 え、うちの生徒が、学生が、社員が、ちゃんと遊べるかどうか、ですって?
 大丈夫。「遊びをせんとや生まれけむ」。私たちは生まれながらにして、ひとしく遊ぶ力をもっているのだから。