タイトル
デザインとエンジニアリング、抽象と具象の壁を超えて。
著者 / 話者

デザインとエンジニアリング、抽象と具象の壁を超えて。

takram design engineering代表 田川欣哉

takram design engineeringの代表である田川欣哉は、ニューヨーク近代美術館の永久収蔵品に選定された「tagtype Garage Kit」や、NTTドコモの携帯電話のインターフェースデザインを手がけ、ダイソンの創業者ジェームス・ダイソンの主催する国際デザイン賞の審査員も務めている。彼は、東京大学工学部機械科という、自動車や飛行機から手のひらサイズのデバイスまで、あらゆる工業的物作りを対象にする学科で学びながらも、イギリスの名門ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでエンジニアリングとデザインをつなぐインダストリアルデザインエンジニアリングを修めた、エンジニアリングとデザインの分野を非常に高いレベルで横断する人物だ。彼が提唱する、モノヅクリとモノガタリを同時につくりあげる、デザインエンジニアリングについて語ってもらった。

文系・理系・芸術系といった、専門性の壁を壁と感じないようなタイプの人間を一定量増やすことが、日本の産業を進化させる方法のひとつだと私は信じています。そこで、私たちtakramにできることは、その壁を超える手法や人材像を自らが提示して実行することだと考えています。つまり、デザインとエンジニアリングを分けず、両方を一人が行なうことでアウトプットのレベルを高める、デザインエンジニアリングです。

デザインエンジニアリングは、テクノロジーとクリエイティビティーを分業せず、一人の人間が、頭も手も使ってアウトプットすることで、複数人がそのプロセスに関わるよりも、スピードと質の両面を高めることができるという考え方です。そのような人間が企画や設計の現場で、様々な分野の専門家の力をつなぎ合わせながら、ユーザーの価値を作っていきます。特別な能力の持ち主でなくても、ある時間とプロセスを経ればデザインエンジニアとしてのスキルを身につけることができるようになればと考えています。takramはこのようなテーマに日々チャレンジをしています。

事業成功のためには、テクノロジー、クリエイティビティー、ビジネスの3要素が必須と言われます。しかし現在の日本では、そのいずれか2つをカバーする人材を育てるのでさえ難しい状況です。
昔の日本の大企業は、第二次大戦直後の険しい時期をくぐり抜ける中で、創業者やキーマンたちが、マーケティングも営業も工場長も経験し、自然に専門領域を横断してしまう、そうせざるを得ない環境がありました。基本的に人材や資本が不足していたからです。その後、企業が成長し大組織になり始めると、専門型人材の大量採用によって、スピーディに専門部隊が作り上げられました。その結果、経営層が横断的な太いパイプとして屋根の役割を果たし、それを下の専門部隊が縦の柱として支えるという強い構造が生まれました。しかし時代が過ぎ、上の屋根に当たる人たちが退職するにつれ、専門部隊を横方向でつなぎ合わせ、価値を水平展開できる人が減ってしまいました。現在の大企業ではそういう横断型の人材の割合は数%にも満たないのではないでしょうか。その割合を少しでも多く、例えば10%を超える程度に高められれば、日本のものづくりは先に進むのではないかと思います。

デザインエンジニアリングの特徴のひとつは、ペンデュラム・アイデエーション(振り子の発想)と呼んでいる考え方です。デザインエンジニアが思考するとき、デザイナーとして考えている自分と、エンジニアとして考えている自分の、2つのモードが存在します。その2つのモードを、行ったり来たりしながら思考する手法です。たとえば、エンジニアリング視点で行き詰まったとき、デザイン視点に移るその瞬間、A地点からB地点に視点が動いている瞬間に、アイディアがひらめくことが多いのです。
実際、私たちが扱っている問題は平板ではなく、立体的であることが多いのではないかと思います。ある1つの問題でも、経営者が見れば経営の問題、技術者が見ればテクノロジーの問題にみえます。複数の視点を持っていれば、自分の視点をクッと動かす瞬間に見え方が変わります。その際の違和感や気づきが重要なのです。これはデザインとエンジニアリングに限らず、あらゆる複数視点で起こせるものです。

デザイン・エンジニアリングのもう1つ重要な考え方が、プロブレム・リフレーミングと呼んでいる、問いを再設定する力です。問いと答え、課題とアウトプットは一対一に対応します。問いの設定の解像度が低い、そもそも間違っている、という場合は、アウトプットはそれ相応のものになります。だから、その問いの設定自体をシフトさせなければなりません。そのためには、すこし精神論のようですが、あの手この手でやる、ということが必要なのです。抽象的な議論と具体的なプロトタイピング、両方の視点を必要に応じて使って使い分けていくことで、問いの再設定が可能になります。

また現代的なものづくりの現場で、「ものごとは抽象化が可能で、精巧な抽象は、精巧な具体に転写が可能である」という、抽象から具体への転写可能性をやみくもに信じるのは危険です。人間は本来、非常に生っぽくて、具体的なもののはずですが、「ターゲットユーザー」のように人間を抽象化した瞬間に、大切なものが吹き飛んでしまいます。

B to Cの企業で多いのは、抽象思考によるビジネスストーリーを企画として完全に固め、決済を取った後に、具体を受け持つ設計製造部隊から人を集めるという流れです。しかし、体験価値をつくるタイプのプロジェクトでは、この流れ自体がプロジェクト成功の阻害要因となる場合があります。人間の体験は言語化するのが難しく、抽象レベルの仮説では精度が上がりません。一方で、一旦具体化に入った後のフェーズでは、抽象レベルで決められた基本方針の変更は許されないことが多いからです。

製品やサービスの大半に「体験」価値が求められる今日、プロジェクトを成功させるためには、抽象と具体と同時にスタートさせ、同時に完了させるようなプロセスが必要です。つまり、企画のスタートと同時にプロトタイピングを開始し、具体を確かめながらビジネスプランニングを行うプロセスです。それを今のビジネスフローと同じスピード感で進める体制と構造が必要なのです。
そのスピードを実現するために、デザインエンジニアのプロトタイピング速度とコミュニケーション能力が重要になってきます。つまり、ソフトウェアもサービスもハードウェアも、爆速でプロトタイプしてしまう能力。そして、具体と抽象を行き交い、専門家を巻き込みながら議論をまとめていく力です。これがまさに、デザインエンジニアリングの目指している形であり、そういった思考の壁を超えられるとき日本の商品開発力は進化できると信じています。