タイトル
Google X 人類未踏の地を行く組織の在り方とは?
著者 / 話者

Google Glass(ヘッドマウントディスプレイ方式の拡張現実ウェアラブルコンピュータ)やself-driving cars(自動走行車)など革新的なテクノロジーの開発プロジェクトでGoogleを、いや人類を(!)新しい未来に向かって引っ張り続ける天才開発者集団Google X。そのキーパーソンであるアストロ・テラーが”セミナーの壇上からカンヌに集うクリエイティブ人材たちに熱いエールをおくった。45分間に及んだこのインスピレーション溢れるセミナーを紐解いていくことで、Google Xという組織の真髄に迫ってみよう。

“Taking Moonshots”
“ムーンショット”を打ち放とう。

■Google Xが掲げる“ムーンショット”って何?
まずは、このセミナータイトルに注目しよう。これまでのカンヌでは、およそ目にする機会がなかったであろう“ムーンショット”という単語がひと際目を引く。カンヌのセミナーにはキャッチコピーとして有効に機能しているタイトルがたくさんある(さすがクリエイティブの祭典!)が、その中でも出色の存在感・異質感であった。しかも、単にキャッチ―なタイトルで関心を集める小手先のテクニックであったわけではなく、Google Xはこの“ムーンショット”という言葉をチームのビジョンワードとして重用しているようだ。

テラーいわく“ムーンショット”とは、月面着陸クラスの大きなインパクトを残す偉業・大冒険、世界を一変してしまうくらいのエポックメイキングな開発を指す言葉だそうだ。具体的には、冒頭で触れたGoogle Glassや自動走行車、カンヌ前週に発表されたばかりのProject Loon(微少なエネルギーでバルーンを成層圏内に浮遊させる制御技術を活用し、世界中の人々に低額インターネットアクセスを提供しようという試み)などがそれに当たる。

昨今、早くも使い古されてきた感が否めないイノベーションという言葉をあえて使わず、自らの取り組み・チャレンジに“ムーンショット”というラベルを付けてしまうその言葉選びに、道なき道をひた走る彼らの強い想いとプライドが見てとれる。「Google Xは、他の多くのイノベーションを語る企業とは決定的に違うんだ! 誰も到達していない遥か彼方に、壮大なゴールを描いていくのだぞ!」という意気込みの現れに他ならない。

“Storytellers can be moonshot coaches”
ストーリーの語り手は、“ムーンショット”の(方向性を決める)コーチになれる

■文学と工学の二人三脚を!
“ムーンショット”の実現には当然、科学的・技術的なブレイクスルーが不可欠だ。しかし、テクノロジーが開発されるだけでは“ムーンショット”とは呼べないという。“ムーンショット”には、この世に存在する大きな問題を解決するストーリーが伴わなければならない。

たとえば、自動走行車は「運転手を必要としないクルマ」という言葉通りの定義だけでは、単なる「技術の誕生」以上の何物でもない。そこに「毎年120万人にものぼる交通事故による死亡者を、少しでも削減したい」「全世界で1兆ドル以上の損失を生み出す渋滞問題を解決する」「人々が運転を一切しなくて済むようになれば、週末の休息時間は10%も増える」といったストーリーが添えられることによって、「技術の誕生」に初めて「意味」が付加される。それによって人々が期待に胸を膨らませ始めるし、開発に携わるメンバーも困難や苦境に負けず、チャレンジできるようになる。

JFKが「われわれ人類は月面に降り立つ」と宣言した時、きっとその具体的な方法は誰も分からなかったはずである。それでもJFKが勇気を持って「困難だからこそ、挑戦するのだ」と言い放った姿が人々を奮い立たせ、アポロ11号の成功を導いた。“ムーンショット”においてストーリーテリングが担う役割は技術的ブレイクスルーと同等かそれ以上に大きいのだ。

それにも関わらず、クリエイティブな人材が、技術や科学を敬遠してしまっている状態は非常に勿体ない話であり、大きな機会損失だとテラーは指摘する。特定の問題の解決に正しい意味を持たせることができるストーリーの存在は、具体的な解決策をつくりだすべく技術的な壁に日々挑み続けるテクノロジーの従事者たちを力強く勇気づけることができるというのだ。

Do not tune out when someone says electrical engineering or computer science because they need help.
電気工学やらコンピューターサイエンスやらが求められる技術開発フェーズにおいても、どうかフェードアウトしないでくれ。彼ら技術者たちには、君たちの力が必要なのだから。

クリエイティブ人材とテクノロジーの従事者たちが共に手を取り合い、世の中に存在する重要な問題を一つ一つ、画期的な方法で解決していく。物語のアートと、先端的エンジニアリングのマリアージュ。それこそテラーが思い描く“ムーンショット”を実現するチームの理想の姿なのだ。

■10倍良くする方法を探ろう。

It’s making things 10 times better instead of just 10% better in any kind of generic way and I certainly support that. Generally making something 10 times better, is the right way to spend times instead of incremental improvements.
既存の方法を10%ずつ改善していくような段階的作業より、物事を10倍良くすることを考える方が、時間の使い方として健全さ。

解決すべき問題を特定できた後には、具体的な解決方法を探っていくフェーズに移る。ここでは、脳みそがパンクするくらいに追い込んで考え込むよりも、クリエイティビティとストーリーテリングの足腰を使ってジャンプした方が、結果的に遥かに簡単で効率的に答えに辿り着けるものだという。この確信が直感的なものであり、思い込みにも近い信念であることを自ら認めつつも、テラーは一歩も譲らない。

If you are showing to make something 10% better, you are in smartness contest with everyone else in the world and whoever you are, whatever team you’re supporting going to lose, because there are just too many smart people in the world.
何かを10%ずつ改善していくアプローチを取ると、世界中の人たちを相手にした“頭の良さコンテスト”に巻き込まれる。しかし、頭の良い人は世界中にごまんと居るので、あなたやあなたのチームがどれほどのものであれ、いつかは負けてしまうことになる。

But, if you have taken an enormous step back. If you just start over from scratch, if you use creativity and storytelling as your main muscle instead of smartness, all of a sudden things get a lot easier. 
しかし、もしその戦いから一歩身を引いて、イチから考え直してみることにすると、そして頭の良さではなくクリエイティビティとストーリーテリングの筋肉を使うようにしてみると、物事は途端に簡単になっていくんだ。

世界最先端のテクノロジー開発ラボのリーダーが、誰よりもクリエイティビティの可能性やストーリーテリングの力を信じている。これほど頼もしい事実があるだろうか。きっとこれまで幾度となくクリエイティビティやストーリーの力で困難な道を切り拓いてきた成功体験が、テラーにこう語らせるのだろう。

■さらなるチャレンジ:“ムーンショット”のシステム化

次いでテラーは、自身が今取り組んでいるチャレンジについて共有してくれた。

The thing that excites me the most is not anyone of those moonshots. It’s not Google Glass, it’s not the self-driving cars. It’s that I think if you do it over and over again. What I aspire to is systematizing the process of taking moonshots
私の目下の関心ごとは、これまでに紹介したムーンショットの何れでもないんだ。Google Glassでも、自動走行車でもなくて、そういうムーンショットの開発を繰り返し繰り返し生み出せるようになることなんだ。私は今、“ムーンショット”プロセスのシステム化のことで頭がいっぱいなんだよ。

それは「システム化される必要性を認識しつつも、それを本能的に拒むようなもの(=クリエイティビティ)を、どこまでシステム化できるか」という終わりなき挑戦であり、この実現に向けて日々もがき続けているという。そして、その手ごたえについてこう続けた。

I have this incredible collection of Peter Pans with Ph.D.s. all kind of running amok in this very productive, sort of loosely organized way.
Google Xには特筆すべき才能を持った“博士号をもつピーターパンたち”が集まっている。あらゆるタイプの、手に負えないような輩たちが、高い生産性を保ちながら、緩やかにつながりあうように組織化されている。

博士課程を修了してなお、その好奇心を絶やすことなく、夢と冒険をこよなく愛し続けている大人コドモたち。そんな優れた才能を一つのビルの中に集結させ、ある程度の自由を与えながら、とにかくとんでもないこと(=“ムーンショット”)の実現に向けてチャレンジさせ続ける組織。なんてエキサイティングな環境だろう!

そしてそのゴールイメージをテラーは“Moonshot factory”(ムーンショット工場)というフレーズで表現した。何でも「チャーリーとチョコレート工場」をヒントにしたのだとか。タイトにしすぎても緩めすぎてもうまくいかない絶妙な緊張感と、このヒット作に登場するウィリー・ウォンカ工場長の言動やイメージが、ぴったりと重なったそうだ。

■成功のカギは「【失敗は素晴らしい】カルチャー」の徹底。

ムーンショット工場を実現するには、優れた才能を歩いて回れる距離(1つの建物の同フロアなど)に集めておく方法が一番だと述べた。なぜ、物理的に近くなくてはならないのか。その理由について説明するテラーの語気は次第に熱を帯びていく。

No one believes, truly believes in their heart that’s it okay to fail. It’s not a comfortable feeling and you have to create an environment very consciously, explicitly, and repeatedly, create an environment where you say your job is to fail. Go ahead and do some failure. That was an awesome failure, high five, do another one. If you don’t have that they won’t do it and if they won’t take those kinds of risks there is no moonshot that’s going to happen.
自分は失敗しても構わない、と心の底から信じている人間なんていないものさ。それは、決して心地よいものではないからね。だから極めて意識的に、はっきりと、繰り返ししつこく、「君の仕事は失敗することだ」と声掛けしてあげられる環境をつくることが必要なんだ。「さあさあ、どんどん失敗したまえ。素晴らしい失敗だったね!ハイタッチだ、もう一発、失敗をかましてみろ!」といった風にね。もし、リーダーがそういった環境をつくれないとすると、思い切ったリスクを誰も取らなくなってしまい、ムーンショットが生まれてこなくなってしまうんだ。

これは典型的なスカンクワークス(企業を中から変革する為に、部門横断で選抜されたメンバーからなる特命チームを組成し、極秘の開発を推進させる組織経営の手法)の実行であろう。21世紀を代表する革新的企業の一つであるGoogleといえども、今や大企業。社内に変革をもたらす装置としてGoogle Xを、そしてテラーを求めたということなのだろう。

■インスパイアのプロフェッショナルへ

Storytelling is not the wrapping and the bow that goes around the outside of a change-the-world invention. It’s literally the foundation upon which change the world invention is built and you guys can go out and build that foundation with every team and every company that you work with. You can coach them, you can guide them, you can inspire them.
ストーリーテリングは、世界を変える発明の"のし飾り"のようなものだと思われがちだが、実際は発明の文字通りの基礎として機能するものだ。あなた達(クリエイティブ人材)は、あらゆる企業や協働者にとっての基礎を築くことができる。コーチとなり、ガイドとなり、インスパイアし続けることができるんだ。

力強い激励の言葉で、テラーはセミナーを締めくくった。んん~、素晴らしい! ものすごく勇気をもらった! 会場は拍手喝さい。私も早くもセミナーの余韻に浸りながら、テラーが放った言葉を反芻しながら、心の中でスタンディングオベーションを捧げ始めていた。

しかし同時に、ふと我に返る自分もみつけた。

Google Xが素晴らしい組織であることはこの際、素直に認めよう。しかしそれを手放しに称賛し、憧れを抱くばかりではダメだ。Google Xがクリエイティビティとテクノロジーの掛け算で次々と“ムーンショット”を繰り返す組織なのだとしたら、彼らは実は私たちのようなクリエイティブ産業の従事者にとっての最大のライバルでもあるのだ。下手をすると今後、この世のクリエイティブでエキサイティングな仕事は全て、Google Xおよびテラーに持っていかれてしまうのではないか? そしてクリエイティブな仕事に憧れを抱く優秀な学生たちも、あちらに雪崩れ込んでしまうのではないか?

そうはさせない為に、私たちは恐れずにサイエンスやテクノロジーと仲良く付き合っていくことを覚えなければならない。世の中を最もインスパイアできるのは誰か? 新しい未来へと導く“とんでもない発明”をリードしていくのは一体誰なのか? 私たちは、この戦いからフェードアウトするわけにはいかない。まさにストーリーテリングの申し子かのような名前をもつ長髪のスーパー・ピーターパンが壇上でやわらかな笑みを浮かべる姿に、私は武者震いせずにはいられなかった。

※Google Xの取り組みにご興味をお持ちになった方は、彼らの活動サイト http://solveforx.com も合わせてご覧ください。