タイトル
どんなに気どったオンナでもすいちゃうオナカ
著者 / 話者

『孤独のグルメ』などのおかげで、最近よく、取材として食べ物のことを聞かれたりするんですね。でも、僕が食べ物について漫画にすることが多いのは、おもしろいもの、おもしろい漫画が描きたいだけで、実は食べ物のことを書いてるわけじゃないんだよね。だけど、よくトンチンカンな質問が飛んでくる。「間違いない居酒屋選び」とか、そういうものには答えられないですよ、間違えてこそ漫画になるんだし。あと「究極のズボラ飯365」っていう本をつくりませんかって。365日毎日ズボラ飯の本。「そんなんだったら、俺、料理研究家になってます」って(笑)。
 だけど、食べ物のことっていうのは、そのぐらい強くて、そこに目が行っちゃうのね。その目が行っちゃうっていうとこでは、エロと一緒なんじゃないの。脱いでると、そこに目が行っちゃうとか、隠してるとこに行っちゃうとか。それと同じで、つい見ちゃうっていう。それで、そこが中心になっちゃうっていうかさ。そういうつもりはないんだけど。
 子どもとかさ、小っちゃい子とか、うんことか、うんちとか、下ネタを言うと喜ぶじゃん、それだけで。同じだと思うんだよね、食べるものっていうのは。だから俺、下ネタに対する上ネタって思ってるんだけど。下ネタばっかりのやつっていやじゃない。でも、上ネタばっかりも同じぐらい下品なんじゃないかと思うんだよね。
 何で下ネタで子どもが笑うかっていうと、自分もするし、みんなもする、けど恥ずかしいからでしょ。食べるっていうことは、それのもとなわけじゃん。だから、テレビで食べ物のことばっかりやってるっていうのは、下ネタばっかりやってるようなもんとあまり変わらないような気がすんのね。

どんなに気取ってても誰でもおなかがすく、何か食べないといられない。ほっとくとグーッとかおなかが鳴ったりさ。そういう何か、おいしそうなものを見たら口の中に唾が湧いたとかさ、傍目から見たらすごい滑稽なんだけど、本人から見たら必死でしょ。だから、食べ物屋さんに入るっていうのは、もう生理なんだよ。趣味ってだけで、食べられればいいんだけどね(笑)。もう僕は食べなくてよくてさ、「食事は趣味で、時々やってます」っていう人がいたらいいんだけども、そういうふうにはできないわけじゃない。その万人が逃れられないところがおもしろい。
 そば屋の流儀とか言ったりする人いますよね。本物の手打ちそば屋に行ったら、流儀があって、最初からそばを食べないで、酒と何かあてを頼んで、それから、そのそば屋の雰囲気を味わってとか。それって何か、トイレに入って用を足せばいいってもんじゃないって言ってるのとおんなじじゃん。まずは、いきなり座ったりしないで、トイレの雰囲気を考えてとかね。めんどくさいよね。
 下ネタと考えると、すごく似てて、ばかみたいだなと思うのね。だから、インターネットで調べて、「ここおいしそうだな」って言って何とかするっていうのは、インターネットで風俗の店を回って、「ここにはこういう子がいるんだ。何ちゃんって子なんだ」って言って、そこに行ってそれをやったみたいなもんでしょ。そばの写真とか撮ってるのは、何ちゃんの写真撮ってるようなもんだからね。
 初めて好きな人とごはん食べに行ったとき、何か対面式で食べたりするとき、何となく恥ずかしいっていうかさ、気にするじゃん、向こうが食べるのをふっと見ながらとか。「ちょうだい」とか、すぐにはできないじゃない。仲よくなるとできるようになるけどね。やっぱりそれは何か照れくさいものがある。
 自分の漫画も、『孤独のグルメ』にしても、その前の『かっこいいスキヤキ』にしても、頭の中のほうが多いんだよね。モノローグが。それはもうデビュー作から多いんだよ。それで、『花のズボラ飯』っていうのは、モノローグじゃないんだけど、誰もいない自分ちの中だからそれを口に出してて。だから、人前では言えないようなことっていうのは、やっぱりおもしろい。普通に弁当を食べてる人がいて、外から見ると普通に食べてるだけなんだけど、心の中では、「これ美味しそうだな。後のほうに残しとこう」とか思ったりとかさ。そのことを外に出してるのが僕の漫画だと思うのね。だから、多分すごく恥ずかしい、内緒にしたいことっていうか隠したいことをおもしろおかしく見せてるってことなんだと思うんだよね。

よく勘違いされるのは、ズボラ飯=簡単飯だと思われちゃうってこと。簡単にできるごはんみたいに。だから、「私のズボラ飯」とか雑誌で特集されるときに、編集者がそこをうまく言わないと、大抵の人は、自分が簡単にできるやつを言う。そうするとおもしろくないんだよ。何か自慢みたいな感じで、簡単チャーハンとか。そうじゃなくて、ズボラ飯は、ちょっと人に言いたくないあたりがポイントなんだよね。自分だけだからやるっていうの。
 ひとり暮らししてる若い男の子とかに、「ほんとに時間もなくて、金もなくて、でも腹へっちゃったとき、何やりがち?」って聞くと、みんなやっぱりあるんだよ。ある子は、「俺の場合は、スパゲッティさえあれば何とかなる」っていう。それゆでれば、レトルトのカレーかけてもパスタになるし、最悪、ケチャップだけでも。あるやつは、その人は会社員の男だけど、ひとり暮らしで、「おかゆだね、俺は」って言うの。おかゆがもう一番簡単で、何かを入れれば昆布がゆとか、野菜がゆになったりとかするから。それって、やっぱり理由があって、1合のごはんでもっと多く食べられるとか、何かがあるんだよね。
 そういうの聞いていると……その人の本質とか、生まれ育ち、家のことも見えてくる。アイドルグループの女の子2人呼んで、その2人に、いっぱいある食材から適当に、自分のズボラなトーストをつくってくれっていうのをやってみたんだけど、ある子は、スパムで土手をつくって、マヨネーズで隙間を埋めて、その中に生卵を落として、それをトースターに入れてたのかな。もう一人の子は、パンにバターを塗って、マヨネーズ塗って、海苔をのっけて、ってやってて。両方おいしかったんだけど、どうしてそれを作ったのって聞いてったら、スパムの子は、生まれが沖縄で、お母さんがいつもスパムを送ってくるんだって。だから、常備のものだから、やっぱりすぐにパッと手が出る。そしたら、もう一人の子も、「そういえば、私、四日市なんだけど、海産物はいつも絶対家にたくさんあったんだ」って。海苔とかワカメとか。だから、選んじゃってんだよ、つい。その取材の場にはいろんなものがあるんだよ。いろんなものがあるんだけど、その15種類とかの中から、それをとっさに選んでるのね。
 逆に、嫌いな食べ物についても人に語らせると面白い。俺の知り合いが、ドジョウが嫌いなんで、「ドッジョウなんて」「泥くさいのが好きなんだろ」とか「泥食ってろよ」とか(笑)。「ドジョウ汁っての見たけどさ、こうやってドジョウを箸で出したらもう、沼みたいに、みその中からオットセイのミニチュアみたいのがくたーっ。どうやって食えるんだよ、あんなもの」って(笑)。「ドジョウが食い物なんて、江戸時代の肝試しだったんじゃないの、『俺はこれだって食えるぞ』っていう。そういうので、味じゃないんだろう、あれ」とか、無茶苦茶言ってた。オットセイのミニチュアまで言ってた(笑)。

ズボラ飯って言われてるんで、ちょっと隙があるんだよ。工夫飯じゃないから。「あなたのズボラトーストをつくってください」って言うと何か肩の力が抜けて。肩の力が抜けると、やっぱりそういう、もともと好きなものが出てくるんだなと思って。
 ズボラ飯って、何かちょっと「言いわけ」があるところがおかしいんだよね。人にはあまり言いたくないような料理だし、材料もやる気もないから仕方なくこれなんだってやってんだけど、食べたい気持ちはあるわけだ、これが気分なんだって気持ちは。その何かちょっと突っ込みがあるようなところが、やっぱりズボラ飯なんだよね。だから、簡単ごはんっていうのではないんだ。
 食べるっていうことには、確かに好き嫌いがあるわけでしょ、絶対。それはエゴだしね、エロも入ってるしとは思うよ。それはすごく。だって、ごはんに緑茶だけがかかったもの(※編集部担当者のズボラ飯。後述)出されたら、いやだって怒る人もいるでしょ、それは(笑)。それを押しつけたら、もうエゴもいいとこでしょ。「何だよ、それ」っていう。好き嫌いって、エゴです、やっぱり。好きなものだけでできてるからズボラ飯は面白い。いやなものは食べないから、1人でいるときなんて。1人でいるのに、わざわざ嫌いなもの食べる人はいないもんね。ダイエットしてる人ぐらいのもんで。それだって、ダイエットっていうエゴのために曲げてるわけだからね。
 俺は漫画を描いてるから、おもしろくないんじゃしょうがないんだよね。簡単飯だったら、それは料理研究家がやればいい。自分がやっているのは、その周囲の、欲望とか、恥ずかしいこととか、人に言えない気持ちとか、そういうことを書いてるんだと思うよ。簡単飯はそれが入ってないじゃない。みんながおいしいもので、みんなが簡単と思うものなんて。

とはいえ食って単純に味だけの話ではなくって、色々な要素が関わってくる。例えば、野菜ジュースとかを飲んでるときに、これには何が入ってるって書いてあるのを読むと、何かすごいいいことしてるような気になるとか、やっぱりあるわけじゃない。一方で、実は目隠しして飲むとオレンジジュースとリンゴジュースがすぐはわからない、コーラとスプライトもわかんない。「わかるに決まってんじゃん」って思うよね。全然わかんないんだよ。オレンジジュースとリンゴジュースなんて、やっぱり冷たくなっちゃってるからね、かなりわかんないんだって。甘くて冷たいってだけで、やっぱり香料が入ってると、もう元々のフルーツの香りとかもすごい少なくなって。
 現代人って、実は、目でものすごく食べてる。だから、すごい有名な話で、あれは何ていう本だったかな、色盲のもっと悪い失色彩症ってあって、事故で世の中の色がなくなってしまった人の話が、アメリカの本であるんだけど、もう食べるものが全部まずくなるんだって。それだけじゃなくて、まず、女の人にエロを感じなくなっちゃって、最初ちょっと不能になっちゃったんだ。
 みんなね、「それは、白黒テレビ見てると思えばいいじゃん」って言うんだけど。それは違う。白黒テレビっていうのは、白黒テレビを見ながらも、頭の中で色を思い出してるから。白黒テレビに女の人が出てても、その肌を、これは肌色なんだって頭の中でシミュレーションできてるんだけど。目の前にトマトがある、その赤い色が頭の中でも出ないのが失色彩症なんだ。これは全然違うんだよ。
 それになるとね、もうとにかく、まず女の人がトルソみたいになる。グレーなんだ、全部。それで、食べ物も全部まずくなって、かろうじておいしいのは、あまり変わらないブラックコーヒーとか牛乳とか。「あっ、同じだ」って思えるから。灰色の野菜なんて、どうですか。腐ったようなものにしか見えない。大根おろしとか、イカスミとかはセーフなんだろうけど、でも、ほら、西洋人って、海苔が全然だめでしょ。アメリカにいる友達に、塩せんべいとかを送ったりしても、海苔ついてるのはみんな避けるって。気持ち悪いんだって、黒い板状のものが。
 そういう意味で、我々漫画家っていうのは、ほとんどカラーがつかないんで、『美味しんぼ』にしても『クッキングパパ』にしても、食べ物を全部モノクロで描かなきゃいけないっていうのは、かなり大変なことなんだよ。それでも、やっぱり漫画って、「絵がある」ということの強さがある。この『花のズボラ飯』だって、やっぱり7割がこの水沢悦子さんの力だと思ってる。そのきっかけを、この人がこう描いたらおもしろいっていうのを想像して、水沢さんに合わせた原作を自分はつくってるわけだけど。でも、見てるのはみんな漫画だからね。水沢さんがこの絵を描いてきたのを見たときに、「あっ、この子(主人公の花)はこういう感じだな」って。この子のキャラクターができちゃうと、もうね、ほんとにダジャレとか言ってくれんのよ。俺、普通、ダジャレとか漫画に書かないし、家のなかで踊ったりとか、そういうくだらないのやらないんだけど。このキャラは頭の中で勝手に動いて。ほんとにひとり歩きですよ。ひとり食べ、か。

久住さんリサーチズボラ飯十人十色

1,混ぜごはん派
シャケ缶1個をごはんの中に入れちゃってまぜると1品として出せる。最後、カイワレとか乗せるとそれらしく見えてしまう。ごはんと缶詰1個そのままだったら、みじめ過ぎだけどこれならOK。
2,ビニールもみ派
何でもビニールに入れてもむ。お肉でも、浅漬けでも。
3,コンビニ活用派
つくる時間もないときは、コンビニに行って、ツナ缶と魚肉ソーセージ買ってくれば、それらしいものになる。
4,カップ焼きそば生卵
カップ焼きそばに生卵を落として食べる。すき焼き感覚で。
5,鍋は使うのに丼は発泡カップ
カップになった丼系のカップ麺を鍋に入れて、野菜を入れて、野菜も一緒に煮て、ちょっと量を多くしてカップに戻して食べる。「丼は洗わないでいい」。でも、鍋を使うのはやぶさかではない。
6,食パンをフライパン焼き
食パンをフライパンで焼いてとろけるチーズ乗せて食べる。「だって、トースターないんだもん」。トースターはないけど、パンはどうしても焼きたい。
7,山賊にぎり
手の上に海苔を置いて、ごはんを置いて、梅干しとか高菜漬けとかをちまちま乗っけて、ギュッてやったものを「山賊握り」。ネーミングでごまかす。1個でいろんなものが出てきていい。
8,緑茶のみお茶漬け
硬めに炊いたごはんに「緑茶」だけをかけて、さらさらにほぐして飲むように食べる。味はない。(編集部担当女子のズボラ飯)